イーグルアイ(1/3)
「大牙、君の体にカメラを取り付けさせて欲しいのだ」
診察ベッドに固定された俺に向かい、自らをティーブレイクと名乗る女はそう言った。
MS機関日本支部。巨大なそのビルの地下5階にある研究室に俺はいる。研究室の入り口には、『ティーブレイク研究ラボ』と表札が付けられていた。
金属音と共に俺の四肢を固定していたロックが外れる。俺は診察ベッドから身を起こすと、ティーブレイクが差し出した紙コップを受け取り、中身を一気に飲み干した。
「カメラを取りつけろだって? それもデータ収集のためか?」
俺の問いかけにティーブレイクは返答せず、テーブルの上に用意されたティーカップに口を付けた。
「うん。この茶葉もいい香りだ。ちょっと一服するか」
と呟くとお気に入りだという赤いソファへとばたりとティーブレイクは倒れ込んだ。ごろりと寝返りを打つティーブレイクの様子に俺は苦笑いをしてみせる。
「何が一服だよ。四六時中休憩しているようなもんだろ、お前は。仕事しろよ。俺のメンテナンスはいいのかよ」
「安心しろ。脳波、循環器系などの肉体面も、言動、思考のメンタル面でも君に問題はない。毛皮や尻尾。それにその耳やマズルだって問題なく君の体と適合している。狼獣人としてどこにも問題はない。いたって健康体だ。呆れるほどにな」
やや疲れた様子でそう口にするティーブレイクはソファ横にあるナイトテーブルからクッキーを取り出し一枚口に放り込んだ。相変わらずだらしがない女だな。ウェーブのかかった黒髪ロングヘアーに白衣姿。正確な年齢は知らないがまだ若いはずだ。スタイルも良く、結構な美人なはずだが覇気のない目や日頃の出不精やグータラなライフスタイルがそれらを台無しにしている。
「狼獣人そのものが問題なんじゃねぇのか? 俺を改造した張本人なんだからよ。もっとシャキッとした態度でメンテナンスに臨んで欲しいもんだぜ、ティーブレイク」
「失礼な。私は研究に対して常に100%の全力投球だ。ただここ最近睡眠不足でな。ちょっと疲れただけだ」
「へぇ、何か差し迫った研究でもしているのか?」
「いや、撮りためていたドラマや映画の鑑賞。それに先日サービスが始まったオンラインゲームで魔石を集めるのに苦労している。時間がいくらあっても足らない」
「ああ、そうかい。聞いた俺がバカだったよ」
俺は上着を羽織り、軽く全身のストレッチをする。ティーブレイクによる定期的なメンテナンスには慣れっこだが、やはり長時間体を固定されるのはキツい。体のコリがほぐれたところで俺はティーブレイクへと問いかけた。
「で? カメラを取りつけろって話だったな。詳しく話せよ」
「ああ。その話をしていたな。うん。説明しよう。実は私は先日民放のテレビ番組で面白いものを観てな」
「ほうほう」
「クジラの背中にカメラを取り付け深海の映像を撮影するという企画だった。バイオロギングという調査方法だ」
「ああ。確か深海のデカいイカを探すにも使われていた手法だったよな?」
「そうだ。その企画では深海の映像を撮影することがメインだったが、バイオロギングは取り付けた生物の生活環境や行動パターンを観測することにも利用できる」
「‥‥‥‥‥‥」
「おっ、その顔は察したな、大牙。私は君を生み出した張本人。それ故に君の心身や行動をサポートする義務がある。そのためには君のことをよく知らなければならない。ところがだ。君はMS機関から依頼を受けて世界中の危険な場所に赴くだろ? 流石にそのすべてに私が同行するわけにもいかない。しかし、前述のように君のことを理解するにはデータが必要だ。観測が必要なのだ。するとどうだろう? バイオロギングという手法はまさにそのデータ収集のために役立つと思わないか?」
「‥‥‥‥‥‥」
「先ほども言ったが私は自分の研究に全力投球だ。妥協はしない。君のプライバシーを少し侵害してしまうかもしれないが、それ以上に君にとってメリットがあると思うぞ。体の不具合にすぐ対応できるようになるし、君の行動をサポートする点でも日頃から君の行動パターンを理解しておけば即応できる可能性は高くなる。全ては研究のため。そして君のためだ!」
「本音は?」
「暇だし退屈しのぎになると思った」
やってくれるだろ、とティーブレイクはソファの下からヘルメットを一つ取り出した。カメラが取り付けられたそれをティーブレイクは俺へ放り投げた。
ティーブレイク研究ラボを出た俺はとりあえずいつも通りに支部内のトレーニングルームへとやってきた。カメラが取り付けられたヘルメットを被った狼獣人。ヘルメットは下地が黄色で緑色の文字で安全第一と書かれてる。ついでにお優しいティーブレイクの馬鹿野郎が狼耳に合わせて穴を開けていたようだ。おかげであご紐無しでもズレ落ちたりはしない。正直かっこ悪い。
とりあえず君の日常が見てみたいと言われたわけだが、はっきり言って依頼をこなしていない俺って何をしているんだったっけ? 自分でもあまり覚えていないのだ。習慣としてトレーニングルームに来てしまったが、さてどうしたものか。
少し考えた末に俺は結局いつも通り各種マシンでトレーニングを始めた。ボクシングバッグを20メートルぶっ飛ばし壊してしまったのを皮切りに、50キロのダンベルでお手玉をしていたら勢いをつけすぎて天井に穴を開け、他の器具も勢いを付けすぎたらしく内蔵されているバネを伸ばしきって断線させてしまった。
うーん、これって全部撮影されているよな? やべぇな、動かぬ証拠じゃん。
「まっ、さくらに弁償させればいいか」
『良いわけないだろ。君はもう少し加減をして生きるべきだぞ』
ヘルメットから声が聞こえて来た。もちろんそれは空耳ではなく、ヘルメットに内臓されている通信機からティーブレイクの声が聞こえているだけのことだ。
「悪りぃ悪りぃ。ついな」
『全く君というやつは。そんなことをするからさくらに脳筋と言われるんじゃないのか?』
「ふん。トレーニングルームは鍛える場所だろ? 全力出さなかったらトレーニングにならない」
『まぁ、一理ある意見ではある。次はもっと丈夫なマシンを用意するよう上に報告しておくよ」
「おお、頼むぜ」
『うん。ところでな、大牙。君のトレーニング光景はもう見飽きた。別のことをしてくれ』
「‥‥‥俺の生態を知りたいんだろ? これが俺の生態なんだから飽きずに直視しろよ」
『嫌だ。つまらない。退屈』
結局ティーブレイクの文句に押される形で俺は渋々トレーニングを終えると、施設内にある射撃場へと移動した。俺はブースを一つ借りるとハンドガンと狙撃用ライフルを倉庫から取り出す。一通り銃と弾丸をチェックすると、俺はブース内の的へとリボルバータイプのハンドガンを撃った。何発か打ち終えると今度は狙撃用ライフルを手に取り、手元にある端末を操作した。円形だった的が人型へと変わり、かつ大きく後退していく。距離にして200メートル。俺はスコープを覗き引き金を引いた。一発打つごとに的が小さくなり、さらに生物的な動作で壁を動き回り始め難易度が上がる。
『相変わらず銃の腕は落ちていないようだな、大牙』
全弾撃ち尽くした俺へとティーブレイクが話しかける。的を見てみると、俺の撃った弾丸は全て直径5cmの中央部に命中していた。
「この体になってからは肉弾戦が多かったけどな。まだまだ銃撃戦もいけるぜ」
『さくらも銃を使うが君には敵わないだろうね。さて、射撃は飽きた。次』
「‥‥‥‥‥‥」
狼獣人である俺には自室と呼べるような部屋も自宅と呼べるような場所もない。そんなわけで大体は各支部の空き部屋を使って寝泊りをしている。今俺がいるこの部屋もそういう事情で使わせてもらっているわけだ。ちなみに私物のほとんどはさくらの貸し倉庫に預けてある。
そんな部屋のキッチンで俺は包丁を手にしながら調理をしていた。レシピ本など無しだ。材料を見て作る品を直感で決める。俺は出来上がった品を皿へと盛り付けた。
『大牙。君の作ったその料理はなんだ?』
「見て分からんのか? 生ハムとトマトのカプレーゼだろ? それに温野菜にバルサミコソースかけたサラダ。そんでもってラザニアにポークソテー。汁物も欲しいからミネステローネだ」
『その左下にあるのは?』
「甘いものが欲しかったからミルクレープを作った。暇すぎて死にそうな時は料理が一番いいぞ」
『‥‥‥‥‥‥』
「何か言えよ、ティーブレイク」
『君って意外と女子力高いんだな』
「ほっとけ」
『君の意外な面を見た気がするよ。でもこれ以上見ていると女としての私が自信を失って発狂しそうだから別のことをしてくれ』
「そんなこと言われてもなぁ。あとはもうこの料理食うくらいしかやることがねぇよ」
『じゃあ、街へ行こう』
「は?」
『狼獣人が都市部を練り歩く様を見てみたい。面白いと思わないか?』
「いやいや、ここは先進国の日本だぞ。昼間に俺が出ていったらパニックが起きかねん」
『面白そう』
こいつ、本気だ‥‥‥
次回更新は11月15日を予定しています




