アンダーカーペット(3/3)
「マジか。見つかっちゃったよ。ヤバい」
年齢にして三十代前半といった風貌のその男は、俺とさくらを交互に見ながら言葉とは裏腹に楽しそうな表情を見せた。ヨレヨレになったシャツにボサボサの髪。髭は剃っているようだがところどころに剃り残しがある。色白な上にぽっこりと膨らんんだ腹。どう見ても不健康そうな男だ。
男の顔に俺は見覚えがあった。多少頬や首に贅肉がついてはいるが、会長の息子に違いなかった。
「ん? んんっ⁉︎ 何だお前は? 狼? 人間? 俺は夢でも見ているのか?」
「狼獣人の大牙だ。遭難していた息子って言うのはお前のことだよな?」
俺の問いかけに対し、
「如何にも! 十年間遭難している息子で~す!」
緊張感の欠片もない返事をしてみせた。
俺は部屋の中を改めて観察した。
広さにして約二十畳。大型のモニターにパソコンや据え置きゲーム機。ソファにはクッションの他に食べかけのスナック菓子や炭酸飲料が無造作に置かれていた。空調がしっかりと効いている為地下にも関わらず快適な室内環境と言えるだろう。調理場らしき場所にはベルトコンベアーのようなものが設置されているなど奇妙な点はあるが一般的な一人暮らしの住まいといった感じだ。
「うーん。あれ、待てよ。これってヤバいんじゃない? 見つかるってのはいいんだけど、この生活を見られるのはダメじゃんか。つーか予定より一月早いわけだし。あああ、ヤベェじゃん」
突然息子が意味不明なことを口にしながら、頭を抱えて室内をうろつき始めた。ひたすら「ヤバい」を連呼しブツブツ呟く息子だったが、
「なぁ、あんたらってさ。親父から金で雇われているわけ?」
「雇われているわけじゃねぇな。お前の発見と救出に懸賞金がかけられてるんだ。金目当てだな」
「そっか。じゃあ、口止め料払うからさ。ここに俺がいることは世間に内緒にしてくれない?」
そう言って男はテーブルの引き出しを漁り始めた。やがて小さな紙を2枚取り出し文字を書き込むと俺たちへと手渡した。小切手だ。金額は二千万円。
「それで頼むよ。な?」
「うーん。でも私たちあなたを見つけたら一億円もらえることになっているんですよ。こんな二千万円程度では口止めなんて出来ませんねぇ。もっとお金を出してもらわないとぉ」
「一億円かぁ。流石に今の俺じゃあ払えないなぁ。うーん、でも困るんだよなぁ」
さくらの要求に男は腕を組み首を傾げてみせた。
「じゃあ、事情を話せよ。内容によってはその金額で応じてやる」
俺の提案に対し、「オーケーじゃあ話すよ」と男は簡単に承諾してみせた。なんと言うか学生のようなノリの軽さだな、こいつ。
「えーっとね。まずどこから話そうかな? やっぱりあれかな。俺が就活始めた時からだな。うん」
「就活ってことは二十二歳か。お前が遭難した年のことだな」
「そうそう。ぶっちゃけさ、サラリーマンなんてなりたくないんだよね。だって俺あの会長の息子だぜ? 年収三百万とか馬鹿らしくてやってられないじゃん? 面倒くさいし」
「‥‥‥‥‥‥」「‥‥‥‥‥‥」
「俺は才能あると思うからさ音楽とかで脚光を浴びたいわけよ。でも神様ってのは酷いやつでさ、俺に金と才能は与えても容姿を与えなかったんだよね。イケメンに生まれてれば絶対に俺CDの売り上げで年間一位なのに。酷いもんだぜ」
息子は近くに置いてあったペットボトルを開けると一気に飲み干した。甘ったるさで有名な炭酸飲料だが、水でも飲むかのような飲みっぷりだ。
「でもくよくよしてられない。俺は前向きなのが取り柄なんでね。路上ライブをしまくった。でも全然声がかからない。こんなに才能に溢れた俺が歌っているのに駅前を歩く連中は見向きもしない。何でだと思う?」
馬鹿だからじゃねぇの、と言ってやろうかと思ったが俺は取り敢えず「さぁな」とだけ答えておいた。
「俺は考えました。そして気付いちゃったわけ。俺には知名度が無いってね」
「‥‥‥‥‥‥」「‥‥‥‥‥‥」
「知名度だよ。知名度。政治家だって政策の中身なんかより知名度で選挙に勝っている。まずは有名になること。そこから中身を見て判断してもらう方が近道だって気付いちゃったわけよ」
「で? それが何でこんな地下シェルターみたいな場所に籠ることに繋がるんだよ?」
「まぁまぁ焦りなさんなって狼。じゃあ、どうすれば知名度をあげられるか。ちなみに親父の七光りを使うつもりはなかったぜ。別に二世タレントになるのが嫌とかじゃないよ。単純に大企業の会長の息子なんて芸能界入りするには弱い七光りだからだよ。そして俺は思いつきました。悲劇のヒーローになれば良いんだって」
「はぁ?」「はぁ?」
「テレビで見たんだ。外国でトンネルの落盤事故があってさ。若い男たちが地下に閉じ込められるの。そんでもって不屈の精神で救助を待ち、最後には奇跡の生還を遂げるってエピソード。映画化もされて、救出された男たちは時の人。タレントに転身する人もいたそうだ。それを見てさ。これだぁって思ったよ」
「つまり、遭難は自作自演ってわけか?」
俺の質問に、息子は「その通り! びっくりした?」と子供のようなリアクションをしてみせた。
「親父に頼んでさ。有名になりたいから遭難したことにしてほしい。できれば話を大きくしてほしい。ドラマチックな救出を演出できる舞台を用意してほしいってね。流石は親父だったよ。もともと有事の際のシェルターを隠れ家として使わせてくれたし、新聞やテレビを使って俺の遭難をアピールもしてくれた。懸賞金まで用意してくれたみたいだしね」
「それで十年間地下生活か。酔狂な男だな」
「いやいや、退屈しないよ。毎日好きなだけ音楽を作っていられるし、働かなくていいしね。食事や生活に必要な物資はベルトコンベアーで運ばれて来る。人恋しくなったら専用のダイヤルで外の女の子と会話もできる。本名は秘密にしてだけどね」
そう言って息子は部屋の奥に積み重なったレコードやMDウォークマンなどを取り出すと、
「せっかくだから狼も聞いてくれよ。俺の作ったソウルミュージックを! 最高にイカすぜ」
イヤホンを押し付けられた俺だったが、
「今はいい。お前の事情は分かった。つーかこれってどうなるんだ? あの会長が懸賞金を出しているのは話題づくりのためってことだろ? 本心では払う気なんてないんだろうな」
「そうですね。でもまぁ、口止め料ってことで請求できるんじゃ無いですか? この引き籠‥‥‥じゃなくて息子さんから貰うより多額の金額を貰えそうですよ」
「ああ、それもそうだな。流石はさくらだ。汚いことを考えさせたら天下一だな」
それほどでもぉ、とさくらは誇らしげに胸を張った。
ちなみに話を聞くと、どうやらあと一ヶ月でこの地下シェルターを息子は出る予定だそうだ。赤嶺樹海の地下には極めて広大な鍾乳洞があるらしく、そこで十年間生活をしていたことにするらしい。会長の知り合いである探検家に救出されるという筋書きだそうだ。
俺とさくらがシェルターを出る際に息子は、
「俺が有名になったら来てくれよ。サインくらいしてあげるぜ」
などとほざきながら俺たちを見送った。
「そうか。息子もシェルターも見つけたかね」
息子を発見した俺たちはすぐさま会長の邸宅へと足を運んでいた。
応接室に案内された俺たちは事の顛末を会長へと語ると、
「というわけなんだ会長さん。一応あのシェルターがあった一帯は俺が埋め戻しておいた。不自然には思われるだろうが、息子の存在がバレることはないぜ。まぁ、俺たちは偶然とは言えあんたの秘密を知っちまったし、懸賞金は貰えないっぽいから口止め料を頂きたいわけよ」
「私たちは結構お口が軽いですからねぇ。今ならお安くしておきますから賢明な判断をされたほうがいいですよぉ」
悪人面を隠す事なく俺とさくらは会長に詰め寄った。
「やれやれ。まさか地形を変えるほどのバカをしでかす連中がいるとはね。私にとって君らの存在はアクシデントだったわけだ」
「そうかもなぁ。で? どうするよ会長さん」
「はっはっはっ。払わせて貰うとするよ。君ら一人ずつ一億五千万でどうかね? ついでにお嬢さんは好きなアイドルとの握手会を設けてあげようじゃないか」
「ん? 妙にあっさりと承諾するんだな。もっと粘られるかと思ってたぜ」
「あの地下シェルターを維持するよりは安いしまだ有意義と言えるからね。小切手をすぐに用意しよう」
予想外にすんなりと話が進んだ事で俺もさくらも毒気を抜かれてしまった。使用人たちに運ばれて来た紅茶を勧められるがまま飲み、差し出されたクッキーを二人とも行儀よく頬張った。俺たちの様子をのんびりと眺める会長を見て、ひょっとして精神的な優位を取られたのは俺たちの方かもな、と俺は思った。年の功ってやつか。それとも金持ちの余裕か。
「息子に会って見てどうだったかね狼? 幼稚だったろ?」
「まぁ、そうだな。三十を超えているにしては言動は幼い印象を受けたな」
「世間知らずなくせに昔から妙に自信家なのだ。そのくせ実力はない。ドラ息子だよ」
「そんな息子にシェルター用意しているあんたは生粋の親バカだな」
「そうだろうね。まぁ、これ以上付き合う気はないがね」
「どういうことだ?」
「言葉通りの意味だ。もう息子を援助することはやめにする。というより元々あの息子には散々手を焼かされていてね。学生時代は勉強もせず音楽と女に明け暮れる毎日。学校から何度も注意の電話を受けたよ。この私が二十代の若造教師に頭を下げた。屈辱だったね。そして大学に入ってしばらくしてドラッグに手を出していることが明るみになった」
「予想以上のダメ息子だったんですねぇ」
「まぁね。お嬢さんも息子のような男には近づかないほうがいい。そんなわけであの息子には愛想が尽きた。遭難して奇跡の生還を果たすという演出がしたいなどと言い出したときは、怒りよりも呆れ返った。十年くらい世話をしてほしいとヘラヘラした表情で言った時には私の中で息子の価値は大暴落だったよ」
「でも結局は息子さんの願いを聞き入れていますよね? どうしてこんなバカな計画に加担したんです?」
「そりゃあ、お嬢さん。息子を閉じ込めるためですよ」
俺とさくらは顔を見合わせた。会長は愉快そうに笑っている。まるで長年の秘密を暴露できるのが楽しくてしょうがないという様子だ。部屋のテーブルにはメイドたちによって次々と食事や酒が置かれていく。会長はワイングラスを手に取ると、楽しそうな笑みを浮かべながら飲み干した。
「臭いものには蓋をする。十年も地下に閉じ込めれば息子の気性も変わるかもしれない。そうでなくとも十年間あの馬鹿面を見ないで済むと思えば意外といいアイディアかもしれないと思ったわけだよ。実際、息子が引き起こすアクシデントに見舞われなくなったことで、私のストレスは激減。おかげで気持ちに余裕ができた。懸賞金もね、最初は本気で始めるつもりはなかったんだ。けれども、息子が散々迷惑をかけた赤嶺地区の人々に前から何かしてやりたい、っと思ってね。地域振興になると思って懸賞金をつけてみた。結果は予想通り。ツチノコブームのように地区の人々の生活を潤す起爆剤となった」
「なるほどな。でも来月には救出劇が始まるって息子が言っていたぜ」
「やらんよ。あのまま地下にいてもらう。その方がずっと世のためになる。十年地下にいて正気を失っていないような我の強い男だよ? 地上に出たらまた調子に乗って何かしでかすに決まっている。どちらかと言えば地下に居てくれたほうが役に立っているしな。このまま伝説となってもらおう」
「そうかもしれませんねぇ。でも大事な息子さんでは?」
「私には今の妻とその前妻、前々妻との間に合わせて十五人の子供がいる。一人減った程度問題ではないよ」
「けっ。流石は大グループの会長だ。いい具合にネジがぶっ飛んでやがる。あの息子にとってはあんたのそういう冷徹さは予想外のアクシデントってわけか」
「この程度はアクシデントのうちには入らんさ。身から出た錆。予測可能な防げたアクシデントさ。こんなことも予測できず、自分の思い通りに事が進むと息子は思い込んでいる。自惚れもいいところだよ。さぁさぁ、君らもワインを飲まんかね? 長年の秘密を聞いてくれた礼だ。一緒に乾杯しようじゃないか」
会長に促され、俺もさくらもグラスを手に取った。
「んじゃあ、口止め料に!」
「桜沢くんとの握手会に!」
「バカ息子との別れと訪れる平和に!」
俺たち三人はワイングラスを掲げ、
「「「乾杯‼︎」」」
それぞれに勝利の美酒を味わった。
<アンダーカーペット 完>




