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アルテラの執務室を出たレティシアは、長い廊下を歩いていた。
窓から差し込む光が、磨き上げられた床に細長く伸びている。いつもなら何でもないその光景が、今日はひどく遠く感じられた。
頭の中は、先ほどのアルテラの言葉でいっぱいだった。
「そろそろ決断しなさい」
いつかそう言われる日が来ることは、ずっとわかっていた。
それでも、考えないようにしてきた。
大魔導師になりたい。
その気持ちは、昔から少しも変わっていない。
ヴィクトールから求婚されたときも、大魔導師になりたいから結婚できないと言った。あの頃は大魔導師になることが、人生の目標だった。
大魔導師になりたい気持ちに、嘘はない。
ただ、こんなにも早く、彼の傍を離れる覚悟まで迫られるとは思っていなかった。
中級魔術師になってからも、学び続けている。術式を学び、理論を追い、少しずつ先へ進んできた。
けれど、昇級の話になると、いつもあと一歩を踏み出せなかった。
先へ進みたくないわけではない。
進めば、ヴィクトールから離れなければならない。
魔術師として先へ進めば進むほど、ヴィクトールの傍から離れていく。
いつまでも今のままではいられない。
それでも、ヴィクトールが自分の夫ではなくなると想像するだけで、恐怖に手足が震えた。
(ヴィルの隣が、わたしの居場所じゃなくなる)
いつか彼は家のために、別の女性を迎える。
その人に笑いかけ、その手で触れ、当たり前のように名を呼び、大切にする。
今まで自分に向けられていたものが、少しずつ他の誰かへ向けられていく。
(どうしたらいいの)
無音の廊下で、自分の足音がふっと途絶えた。
考えなくてはいけないのに、何も思いつかない。
魔法は好きだ。もっと多くを学びたい。
一つの術式を理解できたときの喜びを、今でも覚えている。何日考えても答えの出なかった理論が、ふいにつながる瞬間が好きだった。初めて魔法を成功させたときの胸の高鳴りも、忘れたことはない。
まだ見たことのない術式も、解き明かされていない理論も、この世界には山ほどある。
それらを知りたい。学びたい。
その夢を諦めたことなど、一度もない。
(ただ、そのために今すぐヴィクトールの手を離せと言われたら)
いつかは離れなければならない。
ずっとそのつもりだったが、その「いつか」が今だとは、どうしても思えない。
魔術もヴィクトールの妻でいることも、どちらも諦められない。
(でも、選ばなくちゃいけない)
レティシアは壁に肩を預け、そのまま深く項垂れた。きつく目を閉じる。
「……どうしたら、いいんだろう」
ぽつりと零れた声が、廊下に吸い込まれていく。
「どうしたら……」
しばらくの間、レティシアはそこから動くことができなかった。




