✽
二人の様子を、黙って見つめる目があった。
レティシアの部屋に近い庭園。その窓の外に伸びた太い枝の上に、一匹の黒猫が腰を下ろしている。
ビトルは黒々とした毛並みを風になびかせながら、琥珀色の瞳を細め、彼女の部屋の中をうかがっていた。
窓越しに見えるのは、向かい合って立つレティシアとヴィクトールだ。二人は言葉を交わし、ときおり視線を重ねている。
春の風が庭を吹き抜けた。
若葉がさらさらと揺れ、花壇に咲く花々の香りと湿った土の匂いが運ばれてくる。木々の香りが濃くなる中、ビトルは微動だにせず観察を続けていた。
(あれがレティシアの夫か)
遠目に見ても、男の容姿は際立っていた。
端正な顔立ちに、鍛えられた体。貴族らしい優雅さと、剣を握る者特有の研ぎ澄まされた気配が同居している。
だが、ビトルの興味を引いたのはそこではなかった。
ヴィクトールがレティシアへ視線を向けるたび、その全身から滲み出るものがある。それは好意などという生易しいものではなく、泉のように絶え間なく湧き出る、深く真っ直ぐな愛情だった。
レティシアの一挙手一投足を逃すまいと、目を凝らし耳を傾けている。
その姿を見ているだけで、相手がどれほど彼女を大切に想っているのかが分かった。
(ふむ)
ビトルは尻尾をゆらりと揺らした。
愛情と、人間は呼ぶのだろう。長い時を生きてきたビトルには理解しきれないものだったが、それでも本物であることくらいは分かる。
男は本気でレティシアを大切にしていた。
(なるほどな)
レティシアがわざわざ帰ってきた理由に、少しだけ納得する。
(自由気ままで、面倒事に首を突っ込み、自分の命さえ軽く扱う女が、同じ場所へ戻り続ける理由があれか。少なくとも飽きることはなさそうだ)
ビトルがじっと観察を続けていると、不意にヴィクトールが顔を上げた。鋭い蒼い瞳が、真っ直ぐ窓の外を射抜く。
(この距離で気づくか)
相当に離れているにもかかわらず、自分の視線を捉えたのだ。さすがに只者ではない。
窓越しに視線がぶつかり、空気が張り詰めた。
ヴィクトールの瞳には警戒の色が宿っている。
対するビトルは、その反応が面白くてたまらなかった。まるで笑っているかのように目を細める。挑発するように尻尾をひと振りすると、短く鳴き声を漏らした。
そのまま枝から飛び降りると、黒い影は木立の向こうへ消えていった。




