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うっかり五年半失踪したら、夫の愛がさらに重くなっていました  作者: 市丸 七喜
■新妻 五年半失踪する■

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13/20

✽

 レティシアは腕を組み、目の前の壁を見つめた。

 一見すると何の変哲もない石壁だ。だが、その表面に手を触れると、指先から腕へ細かな痛みが走った。

 まるで無数の針で突かれているかのような感覚だった。


(いったいどんなことをしたら、こんなえぐい術をかけられるんだろ)


 試しに魔力を流し込んでみるが、壁は何の反応も示さなかった。力任せに突破できる類の結界ではないらしい。

 レティシアは、うーんと唸った。


(陣を解析して分解するのが一番早いかな。でも、この規模だと七日……いや、もっとか)


 頭の中で術式の構造を組み立てながら試算する。


(下手をしたらその倍。十五日……十五日か)


 レティシアは思わず顔をしかめた。


(百五十年! 長い!)


 顎に手を当てながら大きくため息をつく。


(ヴィルが世界を滅ぼしてるかもしれない。うーん、こりゃまいったな)


 視線を巡らせると、部屋の隅に置かれた猫用クッションの上で、ビトルが仰向けになって寝転がっていた。

 両前足をだらりと投げ出している。これっぽっちも緊張感がない。


(別にどうでもいいけど、あのクッション。どこから持って来たんだろう)


 部屋の中には猫の玩具が溢れ、至る所にクッションが置かれている。


「ビトル。この先はどこに続いているんですか?」


 レティシアが声をかけると、ビトルは目を閉じたまま答えた。


「さあな。余も足を踏み入れたことがないゆえ、知りようがない」

「出口があるかもしれませんよ」

「興味ない」


 返ってきたのはあまりにも素っ気ない言葉だった。

 ビトルは大きなあくびを漏らした。その拍子に牙がのぞき、長い尻尾だけが機嫌よさそうに左右へ揺れた。


(まるで自分には一切関係ないと言わんばかりね)


 レティシアは積み上げられた荷物の中を探り、目的のものを見つけた。


(あった)


 取り出したのは、糸が巻かれた紡錘だった。糸の端を寝台の脚にしっかりと結びつけると、紡錘を手にしたまま歩き出す。

 ビトルがごろんと寝返りを打ち、小首をかしげた。


「何をしておるのだ?」

「探索してこようかと思って。糸をたどれば、帰るときに迷わないでしょう?」


 そう言いながら、レティシアは指を軽く鳴らす。

 ぽっと掌の上に小さな炎が灯った。揺らめく橙色の光が、周囲の闇を押しのける。


「なるほど」


 ビトルは感心したように頷くと、大きく伸びをして、レティシアの肩に飛び乗った。

 二人は寝台から離れ、薄暗い通路の奥へと歩き始める。

 先は見えない。炎の光が届く範囲より先には、ただ黒い闇が広がっているだけだった。


「真っ暗ですね」

「怖ろしくはないのか?」


 ビトルが尋ねる。

 レティシアは真面目な顔で答えた。


「怖いですよ。おしっこちびりそうです」


 ビトルは沈黙のあと、「くくっ……」と、喉を鳴らして笑った。


「嘘を申せ。魔力を持つ者は総じて気が強いものだ」

「そうですか? わたしは気の弱い、小心者ですよ」


 ビトルは少し考え込んでから、ふいに話題を変えた。


「なにゆえ、夫と婚姻を結ぼうと思うたのだ?」

「ずいぶん急に踏み込んできますね」


 彼女は呆れたように返す。


「そなたほどの力を持つ者ならば、一人でも十分に生きてゆけるであろう」


 彼女はきょとんとして、それから小さく笑った。


「愛があるからだって言ったら、笑います?」

「笑いはせぬ。だが余には、些か作り話じみて聞こえるな」

「なんでですか! こんなに真剣なのに!」


 身を乗り出して抗議する彼女を前にしても、ビトルは疑わしげな表情を崩さない。


「その言葉を、そなたの夫は信じておるのか?」


 ビトルの問いに、彼女は肩をすくめた。


「いえ、全然。まったく。見事なくらい信じてません。いまだに自分の片思いだと思ってます」


 呆れと諦めが入り混じったような声だった。


「愛していると伝えぬのか?」

「言いませんよ。恥ずかしいじゃないですか」

「それでよく婚姻まで漕ぎ着けたものだな」

「わたしもそう思います」


 当の本人はけろりとして答える。

 ビトルは、頭痛でもこらえるような顔をした。

 彼女はそんな様子を気にも留めず、どこか懐かしそうに視線を遠くへ向ける。


「わたしたちね、身分差がえげつないんですよ。雲泥の差。天と地ほども違います。幼馴染じゃなかったら、きっと声をかけることすらできませんでした。年を重ねるごとに、その差はどんどん目に見える形になっていって。ほら、よく言うでしょ。脳の発達は、男より女のほうが早いって。だからわたし、気づいちゃったんですよね。自分たちは同じじゃないんだって」


 一度、言葉を切る。

 昔は、ただの幼馴染だった。隣にいることに理由などいらなかったし、声をかけるのをためらったこともなかった。けれどいつからか、彼の隣に立つ自分を、ひどく不釣り合いだと思うようになった。


「こうして結婚したあとも、何度も身を引こうとしたことを思い出すんです」

「離れている間に、その者の心が変わるとは思わぬのか?」


 長い歳月は人を変え、距離は心を遠ざける。

 離れているうちに想いが薄れ、別々の道を歩いていくこともあるだろう。

 いつか来る別れの日を、毎日想像した。一日が無事に終わるたび、神に感謝さえした。ヴィクトールの愛を永遠だと思いながらも、彼が心変わりしても傷つかないよう、心の一番大事な部分は明け渡さなかった。

 それでも、彼は迷うことなく愛してくれた。

 卑怯な自分を、両手を広げて迎え入れた。

 どれだけ彼のためだと言っても、聞き入れてくれなかった。何十年経っても、子供から大人になろうと、ヴィクトールの愛だけは変わらなかった。

 だからこそ地位も名誉も何もない自分に何が出来るのか、未だに悩んでいる。


「離れたくらいで変わる愛なら、それは、本物じゃないんですよ」


 あっさりと言い切る。

 そのとき、前方を照らしていた炎が、壁に走る細い亀裂を浮かび上がらせた。


「あ、亀裂! 亀裂がありますよ、ビトル!」


 沈みかけていた表情が、ぱっと明るくなる。

 炎を近づけてみれば、岩壁に走った亀裂の向こうに、細い空間が続いているのが見えた。


「そなたが魔法を使い続けていたゆえだろう。この領域に綻びが生じたのだ」

「ここから出られそうですね。行ってみましょうか」

「待たれよ。これは本来の出入口ではない。この裂け目の先に何が待っておるか、余にも分からぬ。安全である保証などどこにもない」

「通ってみなけりゃ、わかりませんよ。行きましょう!」

「こら、待て」


 止める声などどこ吹く風。レティシアは亀裂へ駆け寄ると、さっそくその奥を覗き込んだ。

 亀裂の先には、一メートル四方ほどの岩穴が斜め上へと伸びている。奥からは、かすかに風が吹き込んできていた。


「風ですよ、風! たぶん外につながってますよ」

「だからといって、安全とは限らぬと言うておるのだが……まったく、そなたは人の話を聞かぬな」


 ビトルの懸念をよそに、レティシアはすでに亀裂の縁へ手をかけていた。

 ごつごつとした岩肌に指をかけ、足場を探りながら体を持ち上げる。狭い穴を上へ、上へとよじ登っていくにつれ、吹き込んでくる風が少しずつ強くなっていった。

 頭上に光が見える。


「あ、出口!」


 俄然やる気を出したレティシアは、最後の岩の出っ張りに手をかけた。


「よい、っしょ!」


 掛け声とともに体を引き上げ、穴の外へ這い出す。


「出た!」


 そのまま勢いよく立ち上がった彼女は、動きを止めた。

 視線の先にいたのは、ヴィクトールだった。

 彼の腕の中には、若く美しい女性がいた。ヴィクトールに腰を支えられたその女性は、不安そうな表情を浮かべていた。

 突然、地面の亀裂から姿を現したレティシアに、その場にいた全員が言葉を失う。

 静寂が落ちた。

 ほんの数秒にも満たない時間だったはずなのに、妙に長く感じられる。レティシアは両手を芝についたまま、じっとその光景を凝視した。


(夫と、彼の腕に抱かれる見知らぬ美女が、乳繰り合っている)


 何かを問いかけることも、事情を確かめることもなかった。


(――体強化、敏捷強化、反応速度向上、打撃強化)


 全身の能力値を一気に引き上げる。

 無言で立ち上がった次の瞬間、その姿が掻き消えた。


「なっ――」


 一息で間合いを詰め、ヴィクトールの懐へ入ると、鋭い蹴りが放たれた。

 ヴィクトールは反射的に女から腕を離し、両腕を交差させて防御する。

 鈍い音を立てて、蹴りがその両腕を捉えた。


「ぐ……っ!」


 靴底が食い込み、その威力にヴィクトールの体が後方へ押し込まれる。だが、それで終わりではなかった。

 ヴィクトールの手が、レティシアの蹴り足を掴む。そのまま引き上げられ、レティシアの体がふわりと宙に浮いた。

 普通ならそこで体勢を崩すが、レティシアは空中で身をひねった。

 掴まれていないほうの足を大きく振り上げと、容赦のない回し蹴りが彼の顔面を捉えた。


「ぐはっ!」


 鈍い音とともに頬を打ち抜かれ、ヴィクトールの体が吹き飛ぶ。

 地面を激しく転がり、土埃が舞い上がった。

 レティシアは空中で体勢を整え軽やかに着地すると、追撃するように、一歩踏み出した。

 その顔には怒りの表情すらない。


「ああ! 奥様! お待ちください!」


 誰もが突然の出来事についていけず呆然と立ち尽くしていたが、そんな中、真っ先に我に返ったのはヴィクトールの執事であるアレクサンダーだった。

 このままでは危険だと悟った彼は駆け出すと、レティシアとヴィクトールの間へ飛び込み、両手を大きく広げて立ちはだかった。


「奥様、そこまでです!」


 その必死な声に、レティシアはぴたりと足を止めた。

 レティシアは目の前に立ちはだかった男を見つめたあと、不思議そうに首を傾げた。


「……あれ? アレクサンダー?」

「はい! アレクサンダーでございます」


 アレクサンダーは引きつった笑みを浮かべた。

 背中を冷たい汗が流れていく。

 これ以上事態が悪化しないよう祈りながら、慎重に言葉を選んだ。


「アレクサンダーだ! 久しぶり。ちょっと老けた? でも、ますます渋くなって素敵ね」

「ありがとうございます。お久しぶりでございます。奥様、そのお話は後ほど。まずは落ち着いてくださいませ」

「わたしは落ち着いてる」

「落ち着いている人間は、再会して早々、旦那様の顔面を蹴り飛ばしたりいたしません!」

「そうなの?」

「そうですとも」


 即答だった。

 レティシアは納得がいかないのか、ますます首を傾げる。

 アレクサンダーはそんな彼女を刺激しないよう、必死に両手を広げたまま訴えた。


「と、とにかく! これ以上はおやめください。旦那様が死んでしまいますよ!」


 吹き飛ばされたヴィクトールが地面に転がったまま、苦しげに上体を起こしていた。

 レティシアは「ふむ」と口元を押さえた。


「まだ生きているとは、しぶといな」

「本気で仕留めようとなさらないでください!」


 一歩でも退けば、主人が文字どおりこの世から消されかねない。


「でも、浮気をしたら死んで詫びると」

「自ら死ぬのと、殺されるのとでは話が違います」


 レティシアは不思議そうに、ヴィクトールとアレクサンダーを交互に見比べた。


「え? そうなの? でも、こいつが」

「奥様、『こいつ』は少々お行儀が悪いかと……」

「ヴィルが」

「はい」


 レティシアはアレクサンダーの肩越しからヴィクトールを睨みつけた。その声は恐ろしいほど穏やかだった。


「わたしの目の前で浮気しやがったでしょう? これは死んで当然なのでは? 本人も納得していることだし」

「奥様。まずは落ち着いて、話し合いましょう。ね?」

「私は落ち着いている」

「でしたら、その握り締めた拳をお開きくださいませ!」


 言われて、レティシアは自分の右手へ視線を落とした。

 いつの間に力を込めていたのか、その手は固く握り締められている。


「蹴るのがダメなら、殴ろうかと」


 申し訳程度に開かれたものの、今にも再び握り込まれそうなその拳を見て、アレクサンダーは額を押さえた。


「どちらもおやめください」


 背後からヴィクトールの殺気じみた視線が突き刺さっている気もするが、今はそれどころではない。


「奥様、あの女性は旦那様の恋人でも愛人でもありません。そもそも旦那様は奥様一筋ですよ」

「へえ。そう言いながら、腰なんて抱いていたけど?」


 アレクサンダーは反射的に後ろを振り返った。

 確かに抱いていた。

 客観的に見れば完全にアウトだ。


「転びそうになったところを助けただけだ!」


 ヴィクトールが叫ぶ。

 ごきり、と手の骨を鳴らす音がする。

 その音に、アレクサンダーの顔から血の気が引いた。


「ああ、奥様! ち、違います! 本当に違うんです! ですからどうか、その拳をお下ろしくださいませ!」


 必死の懇願に対し、レティシアはにっこりと微笑んだ。

 それはまるで聖女のように美しい笑みだった。

 だがアレクサンダーには、死刑宣告にしか見えなかった。土下座で回避出来るものなら、とっくの昔にやっていただろう。


「アレクサンダー、わたしはね……うっかり自分を収納しちゃって、外に出るのに五日半もかかったの。ようやく出てこられたと思ったら、自分の夫は妻の心配をした様子もなく、美しいご婦人の腰を抱いて楽しそうに笑っていたわけ。愛妻の行方を捜すでもなく、近隣に聞いて歩くでもない。もうね、その薄情さにびっくり」


 その笑顔は崩れない。

 だからこそ恐ろしい。


「一発くらい殴らないと、この衝撃を落ち着かせることなんてできないでしょう?」

「色々間違っております」


 どこから突っ込めばいいのかわからない。

 人間を収納したという時点でおかしいし、その後の展開もおかしい。だが、当のレティシアはまったく気にした様子がなかった。


「あっ! 大変! 急いで離婚協議書を取りに行かないと!」


 くるりと踵を返した彼女に、廊下の向こうから悲鳴にも似た声が飛ぶ。


「やめてくれ!」


 血相を変えたヴィクトールが立ち上がった。


「離婚はしない! 浮気もしていない! 躓いたアルビエール夫人を咄嗟に支えただけだ!」


 その必死な弁明に、レティシアは「ふうん」とだけ返した。視線は凍えそうなほど冷たい。


「では聞くけれど、なぜその時のヴィルはあんなに嬉しそうだったの?」

「嬉しそうになどしていない! お前の目はどうなっているんだ。本当に見たのか? 抱いていなかったろう、支えただけだ!」


 ヴィクトールは即座に否定したが、レティシアの疑いは一向に晴れそうになかった。


「なるほど。美しい女性が転びそうになったら、反射的に抱き寄せる習性があるのね」

「ない!」

「妻が五日半も行方不明だった間に、よくもまぁそんなくだらない嘘を――」

「嘘ではない!」


 ヴィクトールは思わず声を荒げた。


「五年半だ! 五日半じゃない! 私がどれほど君を捜したと思っているんだ! 今日ここに来たのだって、君を捜してだ!」


 その言葉に、レティシアの表情が揺らいだ。

 だが、それもほんのわずかな時間だった。


「……それと、女性を抱き寄せることに何の関係があるの?」

「あるだろう!?」


 二人の会話を聞いていたアレクサンダーは、困り果てた。

 その背後へ音もなく回り込んだレティシアは、にこやかな笑みを浮かべたまま、そっと肩に手を置いた。


「アレクサンダー」


 名を呼ばれたアレクサンダーは文字どおり飛び上がった。


「は、はい!」


 反射的に振り返る。

 目の前のレティシアか立ち上る圧力は、まるで笑顔とは正反対だった。


「この筋肉オバケと、か弱いわたし。どっちを信じるの?」


 通常、魔力の重ねがけは二重が限界だと言われている。

 だがレティシアは、それを当然のように五重にまで重ねていた。

 常識外れの魔力圧に、アレクサンダーの背筋を冷たいものが走る。


「……か弱くは、ないような」


 思わず漏れた本音だった。


「アレクサンダー?」


 地の底から這い出るような低い声が降ってくる。

 ぞわり、と全身の毛が逆立った。

 アレクサンダーは再び飛び上がる。


「も、もちろん奥様です!」


 即答だった。

 生存本能が導き出した、唯一にして絶対の正解である。


「ね? そうよね?」


 レティシアは満足そうに大きくうなずくと、両手をぶらぶらと振りながら首を回した。

 その様子を見たヴィクトールは、静かに息を吐く。

 戦うか、殴られるか。

 そんな理不尽な二択を突きつけられている気分だった。

 仮に戦ったとしても勝率は五分五分だろう。だが問題はそこではない。自分は本気で蹴ってくるレティシアを相手にできても、決して彼女を殴れない。つまり、実質的に敗北は確定している。


「あ、あの……レティシア様」


 後ろからおずおずと声を掛けられた。振り返ると、先ほどヴィクトールに抱き留められていた女性が、青ざめた顔で立っている。


(美女だ)


 レティシアの目が思わず輝いた。

 緩やかに編み込まれた亜麻色の髪。透けるように白い肌。薔薇の花弁を思わせる赤い唇。コルセットで引き締められた腰は驚くほど細く、すらりと伸びた手足が優雅な立ち姿を際立たせている。

 見惚れるほどの美貌だった。


(こんな美女とイチャコラしているなんて……絶対に許せない。わたしだって、こんな美女とイチャコラしたい。頭を撫でて、いい子いい子してもらいたい)


 レティシアは内心でそう結論づけた。


「ランドール伯爵の妻、シエナ・イル・ランドールでございます」


 シエナはスカートの裾を摘み、優雅に一礼する。


「お話の途中で申し訳ございません。ですが、奥様が誤解なさっているようでしたので」


 青ざめた顔のまま、それでも気丈に言葉を続けた。


「本当に躓いて転びそうになったところを、ヴィクトール様に支えていただいただけでございます」


 レティシアはヴィクトールとシエナを交互に見比べた。

 その間に、ヴィクトールは瓦礫の山から立ち上がり、乱れた服についた埃を払い落とす。


「……勘違いするような行動をする方が悪いと思う」


 レティシアが真顔で言い放つ。


「まずは謝罪だろう!?」


 間髪入れずにヴィクトールが叫んだ。レティシアは舌打ちすると、大きく顔を背けた。


「ゴメンクサイ」

「あん?」


 じろりと睨まれ、レティシアは視線を逸らす。


「……ゴメンナサイ」


 謝った直後、ヴィクトールはレティシアをきつく抱き締めた。


「ぐえっ」

「私がどれほど心配したか!」


 ヴィクトールのこめかみに青筋が浮かぶ。


「五年半だ。五年半待った!」


 レティシアはばつが悪そうに頬をかいた。


「……ごめんね。つい、うっかり」

「うっかりで五年半も消えるな」


 即座に返され、さすがのレティシアも黙り込んだ。

 ヴィクトールは抱き締める腕に力を込める。


「ぐええぇっ!」

「会いたくて、気が狂うかと思った」


 その声は、ひどく掠れていた。

 レティシアは目を伏せる。


「レティの両親にも心配をかけた」

「あー……」


 レティシアは気まずそうに頬をかき、何とも言えない顔をした。自分の両親の反応など、聞かなくてもある程度は想像がついている。


「なんか言ってた?」

「どこかで罠に引っ掛かっているんだろうと言っていた」


 一瞬、沈黙が落ちた。

 レティシアはまばたきを繰り返した。


「的確だけど、なんか腹が立つ」


 さすが実の親というべきか。娘への理解が深すぎる。


「レティがいないことに耐えられなかったら、離縁してもいいとも言われた。もちろん断ったが」


 ヴィクトールは当然のことのように言った。その声音には迷いも未練も一切ない。

 レティシアは呆れたように肩をすくめると、そっと彼の胸に頬を寄せた。腰へ腕を回し、その温もりを確かめるように抱きつく。


「遠慮なんてしなくていいのに」


 半ば呆れ、半ば嬉しそうな声音だった。

 しかしヴィクトールは即座に首を横へ振る。


「妻にしたいのはレティだけだ。レティ以外、考えられない」


 あまりにも迷いなく返された言葉に、レティシアは思わず目を見開いた。

 照れも気負いもない。ただ当然の事実を口にしただけという顔だった。

 五年半もの間、自分を捜し続けた男だ。その言葉に偽りなどあるはずがない。

 レティシアはふっと小さく笑う。


「本当にバカね」


 呆れたように言いながらも、その声はどこか優しかった。

 ヴィクトールはそんな彼女を見下ろすと、今度こそ強く腕を回した。


「自覚はある」

「あるんだ」

「レティのことになると特にな」


 真顔で返され、レティシアは思わず吹き出した。

 体がふわりと浮く。


「わっ」


 気付けばヴィクトールの腕の中だった。

 レティシアを軽々と抱き上げたヴィクトールは、そのまま周囲の面々へ軽く会釈する。


「話はまた後で」


 それだけ言い残すと、返事を待つことなく踵を返した。


「ちょっ、ヴィクトール?」


 抗議の声など意に介さない。

 五年半ぶりに取り戻した妻を抱え、ヴィクトールは一直線に寝室へ向かった。

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