第44話 海の世界への入口――帰りたい。でも、少し怖い
市場の上空に現れた、水の輪。
その向こうには――
ユニが生まれ育った海の世界が見えていた。
「……本当に、海だ」
ユニはじっと見つめる。
青い海。
色とりどりの珊瑚。
遠くには、人魚たちが暮らす町。
「帰れる……」
嬉しいはずなのに、ユニの胸は少し苦しくなった。
ロッタが気づく。
「どうしたの?」
「分からない……」
ユニは自分の胸に手を当てる。
「帰りたいのに……ちょっと怖い」
「怖い?」
「うん」
ユニは小さく笑った。
「私、海を出てから……いろんなものを知ったから」
パン。
宿屋。
町。
人間。
そして――
ロッタやレオン、アオ。
「帰ったら、全部なくなっちゃう気がして」
ロッタは首を横に振った。
「なくならないよ」
「え?」
「僕たちはここにいる」
レオンも頷く。
「海に帰ったとしても、旅をしたことは消えない」
アオがユニの手を握る。
「僕もいるよ、お姉ちゃん」
「……うん」
ユニは笑った。
賢者が止める
ユニが水の輪へ近づこうとした時。
「待て」
賢者が腕を伸ばした。
「まだ入ってはいかん」
「どうして?」
賢者はブレスレットを見る。
「この道は、誰でも通れる道ではない」
「ユニのブレスレットが鍵になっている」
「つまり――」
レオンが続ける。
「ユニが道を開いている?」
「そうじゃ」
賢者は頷く。
「しかし、もう一つ問題がある」
マリが尋ねる。
「何です?」
賢者は水の輪の向こうを見る。
「向こう側からも、こちらへ来られる」
全員が黙った。
その時――
水の輪の中から、
小さな影が飛び出した。
「きゃっ!」
ユニが驚く。
その影は――
ユニの頭にぽすんと乗った。
「……何?」
小さな青い魚。
魚はユニの髪の毛をくわえている。
「痛い!」
アオが笑う。
「お姉ちゃん、魚に好かれた!」
賢者が魚を見る。
「これは海の伝令魚じゃ」
「伝令?」
魚の口から、小さな紙が出てきた。
ユニが開く。
そこには――
『王城から逃げてください。海にも敵が来ています』
と書かれていた。
ユニの顔が変わる。
「……敵?」
ロッタが剣に手をかける。
「王城の奴ら?」
賢者は首を横に振る。
「分からん」
レオンが紙を見る。
「でも、この文字……」
「何?」
「海の国の文字だ」
ユニが紙を握る。
「じゃあ、本当に海の国から?」
「そうだと思う」
マリの問題発言
マリが杖を握った。
「ユニ様」
「なに?」
「海の国に敵がいるのなら――」
マリの眼鏡が光る。
「海の国ごと守りましょう」
賢者も頷く。
「うむ」
「海底の城を防御魔法で覆いましょう」
「うむ」
「敵の城も吹き飛ばしましょう」
「それはダメ!」
ユニが即座に止める。
「まだ敵が誰かも分からないでしょ!」
「……はい」
マリはしょんぼりする。
賢者も杖をしまった。
「ユニちゃんがそう言うなら仕方ない」
カイルが小声で言う。
「この二人、本当に危険ですね……」
海へ行く前に
一行は水の輪を前に作戦を立てる。
カイルが言う。
「全員が一度に行くのは危険です」
レオンも頷く。
「まずユニとアオが行って、向こうの様子を確認する方法もある」
「それはダメ」
ロッタが即答した。
「ユニを一人にはしない」
レオンも、
「僕も行く」
賢者、
「ワシも」
マリ、
「私も」
カイル、
「……私もです」
ユニは全員を見る。
「みんな……」
そして笑った。
「じゃあ、一緒に行こう」
その瞬間
ユニがブレスレットを水の輪へ近づける。
青い光が広がる。
水の輪が大きく開く。
ゴォォォ……。
向こう側から、潮風が吹いてきた。
ユニの髪が揺れる。
「懐かしい……」
アオも目を輝かせる。
「海!」
ロッタが笑う。
「行こう」
ユニが一歩踏み出した。
その瞬間――
尾びれが現れた。
「えっ!?」
ユニの足が青い光に包まれる。
一瞬で尾びれへ変わる。
ユニが慌てる。
「また!?」
マリが嬉しそうに叫ぶ。
「ユニ様の人魚姿!」
「そこじゃない!」
賢者が時計を確認する。
「時間を測るぞ!」
レオンも時計を構える。
「8時間8分……始まった」
ユニは尾びれを見つめる。
そして――
「……やっぱり、これが私なんだ」
少しだけ嬉しそうに笑った。
一行は水の輪をくぐる。
その瞬間。
遠くの海から――
無数の人魚たちがこちらへ泳いできた。
「ユニ様だ!」
「ユニ様が帰ってきた!」
「本当に帰ってきた!」
ユニが驚く。
「え……?」
ロッタが苦笑する。
「もしかして……」
レオンが呟く。
「ユニ、故郷でも……」
賢者とマリが顔を見合わせる。
「……信者が増えるかもしれん」
「やめて!」
しかし――
人魚たちの歓声の奥。
海底の城を覆う巨大な黒い影が、
ゆっくりとユニたちを見つめていた。
そして誰かが呟く。
「帰ってきたか……」
「最後の鍵が」
「海の世界に――」




