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第35話 「おかえり、ユニ」――境界の向こうにいる母

 鏡湖の水面に浮かぶ――

8:08

その数字が、青白く光っていた。

ユニ、ロッタ、レオン。

三人の魔力が重なった瞬間、

ゴゴゴゴゴ……!

湖の中央から、巨大な青い扉が浮かび上がった。

「扉……?」

ユニが一歩近づく。

扉には三つの紋章が刻まれている。

青い波。

銀の月。

金色の瞳。

ロッタがペンダントを握った。

「僕たちの印だ……」

レオンも息を呑む。

「前世の僕たちが使っていた境界魔法と同じだ」

賢者が叫ぶ。

「待て! 近づくな!」

しかし――

扉が勝手に開いた。

キィィィ……

中から、暖かな光が漏れる。

そして――

声がした。

「…………ユニ?」

ユニの身体が固まった。

「え……?」

もう一度。

今度ははっきり聞こえた。

「ユニ……?」

その声を聞いた瞬間。

ユニの胸が締め付けられた。

頭では知らない。

けれど――

心が知っている。

「……お母さん?」

ロッタが驚く。

「お母さん……?」

ユニは扉へ駆け出した。

「お母さん!」

境界の向こう

扉の向こうには、不思議な世界が広がっていた。

空は青いのに、星が浮かんでいる。

地面には水が流れているのに、歩くことができる。

海と陸が混ざったような場所。

その中央に――

一人の女性が立っていた。

長い青い髪。

優しい瞳。

そして――

ユニと同じブレスレット。

「……」

ユニは涙を流した。

「お母さん……」

女性も涙を浮かべる。

「大きくなったのね……ユニ」

「やっぱり……お母さんなんだ!」

ユニが駆け寄ろうとした。

しかし――

女性は両手を広げて、

「来ちゃだめ!」

と叫んだ。

「……!」

ユニが立ち止まる。

「どうして?」

母親は悲しそうに笑った。

「ここから先に来たら……あなたは帰れなくなるの」

「でも、お母さんがいる!」

「だからこそよ」

母親は首を横に振る。

「私はここから出られない」

「どうして……?」

「あなたを守るため」

母親は静かに話し始めた。

「昔、境界が壊れかけたとき――」

「私はあなたを守るために、この世界へ残ったの」

ユニの目から涙がこぼれる。

「私を……?」

「ええ」

母親は微笑んだ。

「あなたを海にも陸にも縛られない存在にするために」

「……どういうこと?」

母親は答えようとした。

そのとき――

ズズズ……

境界の世界が揺れた。

「時間がない!」

母親の顔が険しくなる。

「ユニ、よく聞いて」

「うん!」

「8時間8分は、あなたが陸にいられる時間ではない」

ユニは息を呑む。

「じゃあ……何なの?」

母親は湖の向こうを見る。

「境界が開いていられる時間」

「その時間が終わると――」

「海と陸が完全に分かれてしまうの」

「じゃあ私は……」

ユニは自分の足を見る。

「私が尾びれになったのは?」

「海があなたを呼んでいたから」

「……」

「あなたの中には、海と陸――両方の力が流れている」

ユニは驚く。

「私……普通の人魚じゃないの?」

母親は答えなかった。

その代わり――

ロッタを見る。

「あなたも……」

ロッタの銀髪が輝く。

「銀の一族ね」

「……僕のことを知ってる?」

「もちろん」

次にレオンを見る。

「あなたは……レオンハルト」

レオンの瞳が金色になる。

「前世の名前……」

母親は微笑んだ。

「三人とも、ずっと待っていた」

そして、母親の警告

「でも――」

母親の表情が変わった。

「三人を集めたのは、私ではない」

「え?」

ユニが聞き返す。

「じゃあ、誰が?」

母親はしばらく黙っていた。

そして震える声で言った。

「……黒の賢者」

賢者のおじいさんが、突然顔を強張らせた。

「……!」

マリが師匠を見る。

「師匠?」

賢者は何も答えない。

母親は続ける。

「彼は、あなたたち三人が生まれ変わることを知っていた」

「そして――」

「三人が揃った瞬間に、境界を開くつもりなの」

ユニが叫ぶ。

「そんな……!」

そのとき。

境界の世界に、

黒い亀裂

が走った。

母親が叫ぶ。

「もう時間がない!」

「ユニ、戻って!」

「嫌!」

「お願い!」

母親が涙を流す。

「あなたはまだ、ここに来てはいけない」

「お母さん!」

「必ず会える」

母親は笑った。

「だから――」

「世界を見てきなさい」

「海だけじゃない」

「陸だけでもない」

「あなた自身の目で、世界を見て」

ユニは泣きながら頷いた。

「……絶対だよ」

「ええ」

「絶対、迎えに来るから!」

「待ってるわ」

扉が閉まり始める。

「お母さん!」

「ユニ!」

最後の瞬間――

母親が叫んだ。

「あなたの本当の名前は――!」

バァン!!

扉が閉じた。

「お母さん!!」

ユニが扉に手をつく。

しかし――

もう開かない。

静まり返る湖。

誰も話せなかった。

やがてロッタがユニの肩に手を置く。

「……大丈夫」

ユニは涙を拭いた。

「うん」

レオンが空を見る。

「僕たちがやることが決まった」

「……うん」

ユニは強く頷く。

「お母さんを助ける」

そのとき――

賢者のおじいさんが、低い声で呟いた。

「……黒の賢者」

マリが振り返る。

「師匠、知ってるんですね?」

賢者はしばらく黙った。

そして――

いつものふざけた笑顔ではなく、

何百年も生きてきた者の目で湖を見つめた。

「……ああ」

「ワシは、あいつを知っておる」

「それどころか――」

賢者は杖を強く握った。

「昔、あいつと一緒に三人を守ったことがある」

ユニたちは驚く。

「え……?」

賢者は静かに目を閉じる。

「そして――」

「ワシらは、そこで一度……」

「世界を救えなかった」

湖の水面に、

再び数字が浮かんだ。

8:08

そしてその数字の横に、

新しい文字が現れる。

王城地下・境界研究局

賢者が呟いた。

「……とうとう始まったか」

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