第2話 海から来た少女と、少年の出会い
「足って……どうやって使うの?」
ユニは砂浜の上で、じっと自分の足を見つめていた。
右足を上げる。
「こう?」
左足を上げる。
「こう?」
そして――
「えいっ!」
一歩。
「……歩けた!」
二歩目。
「おおっ!」
三歩目――。
「きゃっ!」
ぽてん。
「痛い!」
砂浜に座り込む。
「なんでよ!」
ユニは足を睨んだ。
海の中なら、こんなことはない。
尾びれを動かせば、どこへだって行ける。
なのに、この二本の足は思い通りにならない。
「もう……!」
ユニは悔しそうに砂を握った。
そのときだった。
「大丈夫?」
後ろから声がした。
「え?」
振り返ると、そこに一人の少年が立っていた。
年はユニとそれほど変わらない。
肩には小さな袋をかけている。
少年はユニの前まで来ると、しゃがみ込んだ。
「転んだの?」
「……うん」
「ケガしてない?」
「たぶん」
少年はユニの足元を確認する。
「砂がついてるけど、大丈夫そうだね」
「あなた、誰?」
「僕はロッタ」
少年は笑った。
「君は?」
「ユニ」
「ユニか」
ロッタはもう一度、ユニの足を見る。
「靴は?」
「……くつ?」
「履いてないの?」
「何それ?」
「……え?」
今度はロッタが驚く番だった。
「靴を知らないの?」
「知らない」
「じゃあ、どうして裸足で歩いてるの?」
ユニは胸を張った。
「だって、今日初めて足が生えたから!」
「…………」
ロッタは固まった。
「……足が、生えた?」
「うん!」
「…………」
「変?」
「ものすごく変」
「やっぱり?」
ユニは少ししょんぼりする。
ロッタは困ったように笑った。
「でも、ここにいたら危ないよ」
「危ない?」
「この辺は石も多いし、街まで歩くなら足を守らないと」
「街?」
ユニの目が輝く。
「街があるの!?」
「ああ」
「どんなところ?」
「いろんな店があるよ」
「食べ物は?」
「あるよ」
「食べたい!」
ユニのお腹が――
ぐぅぅぅ……。
大きな音を立てた。
「……」
「……」
ロッタが笑う。
「お腹空いてるんだね」
「……少しだけ」
「今の音、少しじゃないよ」
ユニは恥ずかしそうにお腹を押さえた。
「海から来たばかりだから……何も食べてないの」
「海から?」
ロッタが首を傾げる。
ユニは海を指差した。
「私、海に住んでたの」
「船に乗ってきたの?」
「違うよ」
「じゃあ、泳いで?」
「違う」
ユニは少し考える。
「魔法で飛ばされたの」
「……魔法?」
「うん。魔法が暴走して、気がついたらここにいたの」
ロッタはしばらくユニを見つめた。
普通なら信じない。
でも――。
目の前には、明らかに普通ではない少女がいる。
海のような瞳。
濡れた髪。
そして、本人が「今日生えた」と言う二本の足。
「……まあ、いいや」
ロッタは立ち上がった。
「とりあえず、食べ物を探そう」
「いいの?」
「お腹空いてるんでしょ?」
「うん!」
ユニは立ち上がろうとする。
「よいしょ……」
ふらっ。
ロッタがすぐに手を差し出した。
「ほら」
「……ありがとう」
ユニはその手を握った。
その瞬間、ロッタの胸元から小さなペンダントが覗いた。
青い石がついた、古びたペンダント。
ユニはそれを見つめた。
「綺麗」
「ああ、これ?」
ロッタがペンダントを手に取る。
「僕が持ってる、たった一つのものなんだ」
「大切なの?」
「うん」
ロッタは少しだけ寂しそうに笑った。
「僕、小さい頃に孤児院の前に置かれてたんだ」
「……」
「誰が置いていったのかも分からない。名前も分からなかった」
ロッタはペンダントを見る。
「そのとき、身につけていたのがこれだけだったんだって」
「……じゃあ、ロッタのお母さんやお父さんは?」
「分からない」
それでもロッタは笑った。
「でも、孤児院のみんなが育ててくれた」
「孤児院……?」
「僕の家みたいなところ」
ユニは少し考えた。
「だから、ロッタは優しいの?」
「え?」
「さっきもすぐ助けてくれた」
ロッタは照れたように頭をかいた。
「小さい子がたくさんいるからね。面倒を見るのには慣れてるんだ」
「じゃあ、私も?」
「……君は子どもなの?」
「分からない!」
「それなら、面倒を見るしかないか」
ロッタは笑った。
ユニも笑う。
二人は並んで歩き始めた。
けれど――。
「ロッタ」
「なに?」
「足が痛い」
「……やっぱり?」
ユニは歩くたびに、少しずつ顔をしかめていた。
ロッタはため息をつく。
「これは本当に靴を探さないと」
「靴って、そんなに大事なの?」
「大事だよ」
「ふーん……」
ユニはまだ靴の重要性を知らない。
そして――。
この日、ロッタがユニのために買うことになる一足の青い靴が、
二人の旅の最初の大切な思い出になることも。
まだ二人は知らなかった。
海しか知らない人魚と、
孤児院で育った少年。
奇妙な二人の異世界の出会いは、こうして始まった。




