第4話 言いたいこと
はあこの人うざい。
莉子は心の中で目の前の人を睨みながら悪口を言った。しかし、その感情が顔に出たらいけないので、接客用の優しい笑顔を保ったまま心の中で悪口を言っていた。
「それともLINEID交換しよーぜ」
「すいません。ID交換はできません。それより早くご注文お願いします」
「そんなこと言わないで。早くスマホ出して」
自分の言葉を全く聞かない男に、莉子の眉毛あたりがビクッとした。
しつこすぎ。カフェに来たら早く注文しなさいよ。マジで営業妨害だから。
と言いたかった。しかし、客にそんな言い方は良くない。周りの人に聞かれて、変な噂を広められるかもしれない。
でも、この人、何度優しく言っても全然聞かないじゃん。自分の話ばかりして。そんなに喋るのが好きなのに、そろそろ注文しなさいよ。お客さんが待ってるの見えないのか。
「・・・追い出したい」
と言った莉子はすぐに自分の口を塞いだ。頭で思ったことを思わず口にしてしまったのだ。
「は!? お前今なんて言った」
「はい?! な、何も言ってません」
「嘘つけ。今俺の悪口言っただろが!」
「ちっ、違います」
莉子は否定したが、男には莉子の声が聞こえないのかのように、激しく怒り続けている。幸いに、莉子がなんと言ったかまでは聞こえてなかったようだけど・・・。
うああぁ、これどうする。
莉子は頭の中が真っ白になった。男が大きな声で怒鳴っているため、周りの視線がこっちに集まった。男の怒鳴り声に混じって、大勢の人が自分を見てヒソヒソと話す声が聞こえてきた。
「なに。どういうこと」
「お客さんの悪口を言ったみたい」
「店員が?! やだな。このカフェ最悪だね」
男の怒鳴り声よりも、周囲でヒソヒソと話す声の方が、莉子の精神をさらに追い詰めた。
ど、どうすれば・・・。いっそLINEIDを教える方が・・・。
こんな経験は初めてで、どう対処すればいいのかわからなかった。だから、相手の望み通りにして、この騒ぎを収める方がいいと思った。
あとでブロックすればいいから。
莉子はレジの横へ手を伸ばした。莉子は自分のスマホを取って、男の言葉に従おうとした瞬間、突然後ろから誰かが自分の肩に手を置くのを感じた。びっくりして振り返ると、背後に周が立っているのが見えた。
「何事ですか。お客様」
周がそっと莉子を後に隠しながらレジに立った。
「お前なんだ。どけ。あいつが俺の悪口をしたんだ!」
「そうですか。なんて言いましたか」
「え、そ、それは」
周の問いに、男は視線を逸らすだけ、何も答えられなかった。
「と、とにかくあいつが俺の前でなんて呟いたんだ!」
「だから、なんて呟いたんですか。
「それは・・・そこまでは聞こえなかった」
「ちゃんと聞こえなかったのに、悪口言ったって決めつけたんですか。ただ、ぼそっと呟いただけで?」
「・・・・・・」
男はまた何も言い返せなかった。
「なになに。どういうこと」
「さっきの店員さん、実は悪口を言ったんじゃないらしい。あの人が勝手に勘違いして怒ったらしいよ」
「最悪だね」
「ほんとやだ」
周囲で囁かれていた声が、男に向けられ始めた。形勢が逆転すると、男の顔からみるみるうちに余裕が消えていった。
「お客様」
「はっ、はい!?」
「ご注文なさらないのであれば、出ていっていただけますか。営業妨害になりますので」
「・・・はい」
男は背を向けて重い足取りでカフェを出ていった。騒ぎがひとまず収まると、周はすぐに振り返った。
「七瀬さん大丈夫?」
「う、うん」
莉子は小さく頷いた。
「あの人のせいで驚いたでしょ。しばらくレジは俺が担当する。七瀬さんはちょっと落ち着いてからコーヒーを担当して」
また変な人が来る可能性があるため、今日は俺がレジを担当する方がいいと思う。あと、コーヒー担当すると、一人でいられるから気持ちを落ち着かせるにはちょうどいいだろう、と周は思った。
「器具は俺が片付けておいたから、洗わなくてもsのまま使っていいよ。注文が入ったらすぐ伝える」
「あ、いや、藤田くんちょっと待って」
「次のお客様。こちらでご注文お願いします」
莉子は周に何か言おうとしたが、その子は周には届かなかった。
「藤田くん、私コーヒーを」
莉子は何度も周を呼びかけた。しかし、周はレジで客の注文を取ることに夢中になっていて、莉子の声が聞こえなかった。
「はあ、どうしよう」
コーヒー器具の前に立った莉子は深いため息をついた。ポット、謎の紙、コーヒー豆など見知らぬ器具が目に入った。
「これなんなんだ。早く藤田くんに正直話さないといけないのに。藤田くん今すごく忙しそう」
レジに立って忙しそうに接客をする周を見ると、話しかけるのが躊躇われた。莉子は椅子に腰を下ろして少し待つことにした。しばらくして、もう七瀬さん落ち着いただろう、と思った周が注文を伝えるをために振り返った。
「七瀬さん注文入った」
「藤田くん、実は私」
「あのすいません」
「はい。今行きます」
莉子が声かけようとした瞬間、待っていた客が周を呼んだ。周はすぐに接客に向かい、莉子の手には一枚のメモ紙だけが残った。
「・・・もー知らん!」
莉子は振り返ってコーヒー器具に手を伸ばした。
「なんとなるだろう」
莉子はポットに水を汲んだ。水が沸くまでの間、コーヒー豆を挽き始めた。
「うう、これ、結構きつい。うまく回らない」
しかし、コーヒーを淹れる様子はどこかぎこちなくて、見ている側が不安になるほどだった。




