♪ Nostalgia 16 ♪
『アイドル』らしいこともたくさんしたよ。
ライブだけじゃないんだよー。
全部やる。それが『アイドル』だよ。あらゆる活動をしたよ。
此処では、全部の活動が演目。自分の役どころしか無い。申請も練習も、特にする必要はないよ。やろうとすると同時に、演目に入る仕組みになっている。
私達は、『宇宙警察』もやったし、『ロボットの操縦士』もやったし、『魔術師』もやったし、『悪の帝王』もやったし、『正義のヒロイン』もやったし、『勇者や冒険者』もやったし、『夭逝』もやったし、『浮浪者』もやったし、『農奴』もやったし、『殺戮の女神』もやったし……。全部やった。
いろいろな宇宙……、さまざまな世界……。《創舎》を基点に、いっぱい出張した。いつでも、正義でも悪でもなかった。「役どころ」じゃない、「真の役割」みたいな物は、一個も、何処にも、ありはしないよ。
私達が普通のアイドル活動で、映画や舞台上で魔術師をやったり、正義のヒロインを演じている時、それは『アイドル』のおしごとが人間の世界へと流れ流れて、か細い支流になって見えている時だよー。
『アイドル』になってからの私を、シホは、「スペシャル麻美」って言ったことがある。
実際、私は何をやっていても、何もしてない時も、最高に充たされていた。
あの時の24:00からの私は、シホに言わせると、「万全な普通と、慈悲と、思いやりと、やさしさと、『死んでいいよ?』っていう豊潤な空疎の観切りと、個人性を伴わない愛と、全能」だった。
「シホはそういうマミが大好きなんだよ。透明で、キラキラしてて、ふわーっとしてて、穏やかさが圧倒的でね。でもスペシャル麻美は普通なんだよ?」
私はシホの説明がよく解った。
「スペシャル麻美」は『アイドル』でなかった時の私と何も変わる者じゃなかった。
無能で、憂鬱で、重くて、弱気で、卑下が得意で、疲弊しやすい三界麻美は、何も変わっていなくて、《私の儘》にふるまわせると「スペシャル麻美」になるだけなんだっていう秘密が解った。『アイドル』にとって秘密は、自明。
シホの夢の中の私と、今の私は、完全に同一の体感があった。
「スペシャル麻美」になる方法は、「スペシャル麻美になろう」と思ったり努力しないで、《私の儘》にふるまうだけ、なぜって私は最初からスペシャル麻美だから、という事。
「なろう」の思いは、スペシャルなものにブレーキを掛け、堰き止める。
バランスをアンバランスにしてしまう。
慈悲を悲しさや絶望にしてしまう。
思いやりを神経症にしてしまう。
やさしさを非正義や誤りや自責にしてしまう。
全能を無能にしてしまう。
「死んでいいよ?」を「死にたくない!!」にしてしまう。人間って、楽しいことや快感にはけっこう意欲的なのに、死ぬことにはどうして意欲的ではないのかな? 死ぬことくらい、ワクワクさせる好奇心の対象が、魅力的なおしごとが、人間の生活の中で、有るんだろうか?
『アイドル』のことは、角度をつけて見たり、注目して見たりしても意味ない。
特徴を言葉で一つずつ数え上げても、全体像は説明できない。「私は、普通」。それだけでいい。言葉や、思いは、全体を走査する一本の線で、角度でしかない。私が、私になる。私のふりをしていた他人が外れて、私そのものになっただけ。『アイドル』になるのは、私に戻るだけなんだ。
『アイドル』の日々は、人間の時から見ると、特殊な物だったねー。
ある日、ドームで普通にライブしていたら、あくる日は《□□□》を観光したり探索していたりしたよー。《□□□》の世界は、時空間が地球とこれまた違うから、話はややこしかったり。
一日の中でも、時空の移動が何度もあったり。
朝、私が目を覚ますたび、世界ごと違っていたりも。
地球に居るように思えても、一日の中で月日や季節が移り変わる事なんて、ざらだったなー。
けれど、どの日の、どの世界も、私にとって最高に合致する物だったよー。
私の活動期間は、そんなふうに、一連じゃなくて、ランダムの日々だった。一つ言えるのは、活動時間の「絶対値」が「30日間」という事だけ。
どの時空間から、何処に飛んでいるのか、私達には完璧に記憶があった。記憶に伴って、カラダとココロも自動で最適化された。何処の世界や宇宙に行っても、違和感はなく、完璧なパフォーマンスが出せた。
『アイドル』にとっては、世界も、任意の衣装だった。
それでも六割くらいの舞台は地球だった。やっぱり地球が私達のホームだと思う。くたくたになって、楽屋に戻って来て、発酵臭と、すこしの腐敗臭がして、カラダから湯気が漂って、カチカチに絞られた雑巾みたいに伏せって伸びているとき、私達は本当に爽快だ。無だ。
ある日、ライブが終わって着替えていた時、私は、左のお腹に黒い模様があるのに気付いた。
黒い模様は、細長い渦のような形をしていた。渦の先は鉤爪のように尖っていた。
模様はしだいに浮き出て来た。時間を追って広がって来た。
鉤爪の先は枝分かれし、新しい鉤爪の形をつくった。
私はカラダとココロに毒薬の毒が下りて来るような重さを感じた。
予定通り。
この模様の正体は「呪い」なのだよね。
全人類の呪詛。
私に降り掛かる事は解っていた。私は『アイドル』になるのと引き換えに、全人類を滅ぼした。契約上、人間が滅びるのは私が死んでから、らしいけれども。全人類の呪詛が、私に刻まれるのは不思議ではない。呪詛とやらがね。
全人類から見れば、私は人類最高の殺人者として記憶されるかなあ? まあ、『取引』の事は誰も知らないし、記憶される頃には貴方達は死ぬけどね。人類の多くの人が私を罵倒しても、私はそよ風にも感じない。シホや、ファンの中の本物のファンの方達のように、私をちゃんと知ってくれている人。私の姿をちゃんと観たことのある人。そういう人が居るだけで充分だ。他の物は無要だ。
瘢痕は頭の方に延びて来ていて、首筋を伝って、私の左頬に先端が見えていた。タトゥーみたいでかっこいい。地球のアイドルの基準で言っても、タトゥーをするのは普通の事だと思う。




