♪ Nostalgia 17 ♪
ある日、ライブ前の楽屋で、私はいつも通りに『タブレット』を食べてる。
コレは、さまざまなハーブや生薬を特別な製法で粉にし、練って円錐状に固めた物だ。アセロスク、ターギリナル、ウチュウノトケイソウ……。ウチュウノトケイソウは特に強力。たぶん、コレを食べさせたら、『取引』していない普通の地球人ですら、一時間くらい『アイドル』の感覚になれるかもね。ウチュウに行ったままになりそうだけれど……。
私達はコレを食べても何も変化がない。
『アイドル』が平常だから。
単に味がとてもおいしいので食べる。地球人のお茶、お食事、お風呂みたいな物だ。
シホは、出番の前は食べない。ていうか、全般に食わんのよねあいつ。自分で自分の天才を喰って永久機関化してるトコがあるからなあ。私は普通人だし食いしん坊だよ?
呪いはカラダとココロに沁みて来る。模様が表れてからの事ではない。昔からの平常だ。頭は痛いし、吐き気もやまない。私はカラダもココロも普通の人間のままに居る。シホのような超人ではない。だから、『取引』なんてした以上、普通の人間と同じように呪いに絡み付かれているだけ。カラダとココロが浸食されるのを気にしない。
呪いは闇という形で、私にはずうっとあった。今だって変わらない。闇を普段から感じるタイプか、「呪い」のような特別なスタイルの時に初めて感じるタイプか、という違いがあるだけだ。
「呪い」が初めてカラダに表れた時、大半の人達は慌てるだろう。けれど、ずっと前から、同じ物を私は知っていた。普段からなじんでいた。
ただの体質だ。
シホに救われるまで、闇と闘って消耗したけれど、時間が限られた時、人間のように、ビニールの中に捕らえられた蝿のように、慌てることはないのは、体質の恩恵でもある。
闇も、呪いも、無意識の一箇所の領域から漂って来る。
そこは、物体の世界から少し捩れた階層で、重い言葉がプールされている所。人格は無いけど、口を利く人達が居る。それが全人類の呪詛とやらの正体だよ。いってみれば、ひとりひとりの人間の頭の中に、全人類が居るんだ。亡霊、という表現は文学的すぎるよねー。ただの言葉。ただの重さ。そういう物のプールなんだよ。プールから言葉や映像や重量が流れ込む。フラッシュバックする。でも私は闇の儘にさせておく。ココロとカラダの口を噤んで、ジッとしている。頭の中の人類が言いたいことを言わせる。シホに会うまでの私とは違う。闘わない。
カラダとアタマは内側から鐘を衝くように響く。呪いを叫ぶ人類の低い声が深海の水の蠢きのように響く。「生きたい」「もっと生きたいよ」「一日でも長く生きたい」「私は死が怖いィ!」「私は死にたくないィッ!!」、そういうモノは、誰の声でもない。単なる闇。私が以前、必死に相手をして闘っていた、名もない怨念の集合体。
怒り。憎悪。恨み。死の黒。バグのように単調に繰り返す、「個体が生きたい」っていう強烈な意志。呪いの声は、黒と霧の世界から来る。海の底でざわつく死者の領域から来る。
例のプールから。
私は、闇や呪いの事を、人類が何と呼んできたか知っている。地獄。
地獄という妄想と思考。
思い出・執着・未来と過去・理想を抱く事の苦悶・胸の塞がり、……死の恐怖。
こればかり考えて来たし、人類は、今も考えている。
人類の中には、そうでない人たちも居る。その人たちは「呪い」には加担しない。
呪いを受ける人達は、普通のカラダとココロを与えられた、多くの人達だけだ。呪いは普通の人達の本性なのだと私は思う。正義とか、高貴とか、理想なんかの紙のスーツを着せないで、これが本性だと出せばいい。今の、私みたいに。でも出さない。だから歪曲して、呪わしくなって、呪いに同化する。
私のココロの中で、何億もの頭が稼働している。誰のとも解らない思考。地獄と呼ばれる、人間が垂れ流している思考。地獄は外に在ると、人間の皆は思っているんじゃないだろうか。実際は、「そこにだけはあってほしくない」っていう場所にある。自分達の頭の中にだけ、ある。人間たちが頭の中で夢見ている世界。人間だけの幻想郷。幻想郷はリアルで、それは、バーチャルというリアルなんだ。人間は頭の夢を無意識に、地獄という色味で、リアルさに代えている。人間世界では、バーチャルとリアルが逆転している。幻想をリアルだと思って生きている。私達は地球人にとって紙や映像や想念の中の存在。バーチャルな存在だ。だからこそ世界ではリアルなんだけれど、その事を知る人は少ない。それでいい。人間世界は幻想博物館みたいな所だ。
「私達」は、本当は、地獄にとっての灼熱の炎でしかない。灼かれているように見えて、地獄を造っている本体。
シホが私を掬い上げてくれたみたいな天恵が垂れなければ、普通は気付かない。
闇に捕らわれ、地獄が広がっている。個人・カラダ・ココロの中の世界。そこでは、一面、炎が燃えていて、自分が燃やされているように感じる。呪う者達は、言葉と、思考に、焼かれているのだ。
今、私のカラダの中を、呪いが流れている。背骨を肉から力ずくで引き抜くような不快感が流れている。私は迎え入れて、呪いが喋る限りに、喋らせる。重い頭を垂れる。『タブレット』を食べる。一~二個多く摘まむ。おいしい。お腹に沁みる。
頭痛も、思考も、地獄も、いつまでも続かない。勝手にさせておく。「自分が地球人を殺した」。「自分は地球最高のゴミクズ」。「ジブンガシヌノワコワイ」。声。記号。決まった重さ。地獄であるなら、地獄に浸る。そしたら、地獄は燃えて無くなる。声。哭。鳴。悪口。呪詛。感情。地獄が私の中を突き抜けて行くと、重さの浸蝕はハタと消えて、凪が訪れる。
カラダとココロは、闇から解放され、生命力が湧いて来る。生きる気力が湧く。それだけだ。
もう私は知っている。地獄は「私」という観念のナメクジがのたうつ、断末魔のようなものだ。生まれてはのたうって消える。地獄は何度も燃え尽きる。私の力の前に。
ところで、シホは、「アンビエント」と「メタル」という、両極の音楽を好む。シホがリスペクトしている、若くして亡くなったアーティストが、「アルバムで通して聴かないリスナーはカスだ」ってコトを言ってたから、アルバムを買う派になったみたい。
シホの部屋にあった「メタル」のアルバムの一枚に、地獄の炎が燃えているジャケットがあった。
地獄は一枚のポストカード。CDの一枚のジャケットくらいがちょうどいい。なぜかって? 実際にそのくらいの物だからなんだよ。私達は、地獄を一枚のポストカードにして、数秒で燃やし尽くすくらいの力がある。まして『アイドル』なら猶の事。
『アイドル』には闇を払う時にキメる薬さえ無い。闇は私の中にある。ココロもカラダも。闇やカラダやココロの中に「私」のように閉じ込められてない。薬を突っ込んでも『アイドル』は変わりようがない。
三界麻美は徹底して普通のカラダとココロだから、呪いが作用する。ならそれも受け入れる。『アイドル』はカラダとココロじゃない。
人類の一族郎党の呪い。全人類を滅ぼした三界麻美への呪い。それは思考だ。ああ~。カラダとココロが灼かれる。気持ちいい。三界麻美は苦しむ。それは一個のイメージ。私の前に漂い、消え、流れ去る。『アイドル』はいつでも《聖快》の場処に、ただただよっているのだから。
「マミ」
シホが私を見下ろしている。全部解っている微笑で見ている。「その、襟首から出てる黒い渦の模様、最高だね」みたいな感じ。
今日の衣装もすばらしい。白を基調に、シホは銀、私は金の、蔦の刺繍が優雅に入った物だ。
「よっしゃー。行きますかー。今回のツアーはコレでラストだからね」
私は『タブレット』を、ガシッと齧り、「フラッシュバックを止め、薬の活力にカラダを委ねる人間」のしぐさをする。
フラッシュバックなんて、もう、とっくにない。私の中に在るのは凪。どこまでもひたすらに広がる蒼穹だ。何も無い処には「闇」という文字すら書かれない。
今みたいに、「キメて爽快になるごっこ」は、たまにするよ。人間を目一杯に遊ぶのも『おしごと』のうちだしね。羽詰まった感じを演出した方が、人間っぽさが増すし、私のココロとカラダも喜ぶ感じがするからね。人間が動くのを観照してるのは愉しいじゃない?
「マミ、今日の合言葉は、何にする?」
「そうだねー……。これでいこう。『オルクスからすべてが出現する。そしていま生きている者はすべてオルクスのもとにすでにいたことがあるのだ。』……」
「あー! ……『もしわれわれがこうしたことが起こったもととなる手品使いの手口を把握することさえできれば、すべてのことが明らかとなるだろう。』」
出演前は即興で合言葉を唱える。古来の歌会みたいなもの、かな?
合言葉の後は、決まったジェスチャーでボディタッチとハイタッチ。私達は楽屋を出て、ドーム内にあるメイン会場に向かった。
今日も三界麻美のカラダは重めだなー。
会場への廊下はまだ、闇に覆われている。
ヤミはもう、意味を失った。無内容の概念。
このヤミは、光のトンネルだ。
光はここにある。




