♪ Nostalgia 12 ♪
「ふー」
私はカラダの緊張がほどけ、座り込んだ。けれど、気分は最高だった。ココロにぽっかり穴があき、三界麻美っていう器の中には、何も無く、ふしぎと、満たされていた。
「気分はどう?」なんて、シホは訊かなかった。『アイドル』になったらどうなるか、誰より知っているから。私達は喋らなくとも通じ合っている。鎮かな空気が、ある。穏やかで、開放的で、無言にさせる。
「『前』の事って、覚えてる?」
ふいに私の口をついて出た。
イメージの断片が、脳裏をかすめた。
私は「以前」の事を想い出しかけていた。
以前といっても、時間的に前っていう事じゃなくて……、私は「いつか」、「その自分」であった事がある……。そういう記憶。それは、過去かもしれないし、はるかに遠い未来かもしれない……。
あるいは、うまく言えないけど、今この世界の上で同時に展開している世界の一つかもしれない……。
「あ、ちょっとキオクが出てきた?」
シホは乗って来た。目を瞑り、私のイメージを、シホの中で共有している。私のイメージはシホに触られる感覚があった。こんな感覚は初めてだ。私がどこまで想い出しているか、あっというまに、シホは解って、話を合わせるだろう。
「前」の私……いくつもある「前」の世界のうち、今想い出しているのは、或る一つ。
名前も、境遇も、性格も違う自分。
三界麻美よりも陽気で、周りの人と協力したり、人に尽くしたりする事に、心から充実を感じる。そんな人格の私が、確かに居た事が、今経験しているように、イメージの中で閃いた。一瞬のうちに、数えきれないイメージが過ぎ去り、それはまとまった時間のようで、けれどやはり一瞬なんだ。
「うん、あのときは、マミは今とは違っていたよね。仲間と歩調を合わせて、仲間に見返りとか愛を求めて、仲間と一緒じゃないと自分も仲間も許さない人だった」
「え、そこまでじゃなくない~?」
感情が勝手に反応した。「前」の私の人格が反射しているんだ。
「マミのやり方は無理があったってシホは思うなー。だって肉は粘つくもん。あのときは、マミは、あ、もちろん名前も別だけど、フツーすぎる女の子で、頭と肉で動いていたからね。はがゆかったなー。人は他人を愛することはできないよ。それって愛ごっこ。まあフツーの人には愛だけどね。心と肉体を使った、人間が誰でもできる、おままごとだよ。おままごとの概念を知ったら、おままごとはできなくなる。それじゃだめなんだ。あのときはね、才能が集まってたから、トガるしか道はなかったんだよ」
「才能……」
ふしぎだ。シホの言ってる事は、「前」の事情を詳しく知っているのが前提のはずなのに、何を言っているか分かる。二人とも「前」を実際に経験しているから、無意識に事情を把握しているんだろう。具体的なエピソードよりも、納得が先に来る。
今のシホにも「前」の人物が二重写しとなっている。
直感で分かるのは、シホは「前」は天才だったこと。「今回」も天才だけど、それ以上に天才。天才中の天才だったはず。そして「前」の私は普通だった。無力でも、無能でも、憂鬱でもなく、普通。喜びや楽しみの感覚も、感情の浮き沈みも、普通。
それと、普通ならではの、才能への鈍感さ。
だから、「普通の価値観」「普通の喜び」「普通の愛」なんかを、知らず知らずに、みんなに押し付けた。天才だった「前」のシホは、煙たくてたまらなかっただろうなー。そんな事が解ったんだ。
私は、頭の奥から、地層の中のガスのように溜まっていた重さが、解放された感じがした。
「けど、あのときの事は、あのときの事で、いいんだよ。才能は集まってたけど、全員ってカンジでもなかったし。いろんなヒトたちが集まって、一つのキラキラした作品ができてたって思うし。逆に、あのときのマミみたいに、全部の特徴が普通な人間も稀少かなって。ある意味レア度が高かったかも」
「そっかー……」
私は膝を抱えて、うずくまって、記憶を感じてみた。胸の奥で感じる温もりがある。詳しい景色は、観えて来ないけれど、そういう事があったんだろうなって思う。そのときの他の仲間たちも、「今回」の世界に来てるのかなー。
シホについては、仲間で、鎬を削る仲で、心を熱くさせてくれる相手で、天才だからすごく頼もしかった感じがする。一緒に居ると胸が踊る感覚っていうのが一番かな。でも、ライバル心は私だけが感じている事で、向こうは草が生えてるくらいにしか思ってなかったかもなー……って、これは、「今」の私特有の卑屈さが入っているよねー。
「それはそれでいいの。今は今。シホはシホだし、マミはマミだよ?」
と言って、シホは頷いた。
「逆に、『あのとき』のマミを見て、シホは『普通』ってコトにも興味が湧いたんだよね。『普通』も面白そうかなって。だから『今回』は、シホの人生には『アイドル』の前に『普通』も入っていたんだよ。マミが『普通』から掬い上げてくれて、今のシホがあるっていうカンジ。だから味わい深いね。『あのとき』、マミは、こういう気持ちで、こういう行動をしたんだなぁ、なんかカワイイなぁ、って解るし」
「なるほど。天才にも解んないことがあったわけだねー」
そういえば、シホは言った気がする。
――あそこでは、マミは天才さが足りなかった。シホは凡庸を知りたかった。今回の舞台では両方満たされてるよね。だから満足だな――
って、そういう事なのかな。
でも、両方、満たされているって? それなら私は天才を知るっていうこと? いやー、今回の私、どうみても無能キャラだと思いますが……。夢の中では、天才だったかもしれないけど……。
「あはっ。それはお愉しみだよ、マミ。あと三時間経ったら、チョットは判ってくるよ」
シホが、その頼もしい笑顔で言った時、私は確かに、その笑顔を観てるよね、って確信が湧いた。三界麻美じゃなく、「あのときの自分」が、観てるよねって。
「三時間?」
「そ。24:00」
私が『アイドル』の路線に入る始点かー。判らない事だらけだなー。でも、皮膚の下で『アイドル』の血が疼いている感じがする。
三つの事項の二つめにあった。記憶はだんだん想い出していくって。
今までみたいにあがく必要はない。「今回は『普通』の要素も入れたい」とシホが構想したように、私もそういう構想をしているのかもしれない。記憶は掘り起こされてくるのだろう。
そして、私はふいに閃くことが増えた。シホからの影響だろう。頭の思考ではなく、ふたりの直感とイメージの領域で、繋がり合っている。
ふと、「本」のイメージが湧いた。独特な物語の、イメージ。
『アイドル』が構想した本は、両側から読める。その本は、先頭から読んでも、終わりから読んでも、胸躍る二つの物語が現れる。けれど二つの物語は独つということ。そんな物語があったら愉しいだろう、でも、私はまさしく、そんな物語を経験している最中だっていう気がする。それなら……。
もう物語が書かれているのなら、私は何もしないでいよう。
流れに漂っていよう。
「行こうか」
「行こう」
私達は、どちらともなく声を掛け合って、史蹟公園から降りた。
今後の二人の活動が、どことなく、むやみに、楽しみです。




