♪ Nostalgia 13 ♪
ショッピングモールの近くの駅から二人で電車に乗った。ターミナル駅で別の気動車に乗り換え、今、気動車は私が知らない方面に向かっていた。
シホは座って端末をいじっていた。行くあてがあるらしい。
客は見渡すと数人になった。
車窓は真っ黒で、電車のカーブに合わせて、満月のなりかけの月だけが、見えたり隠れたりし、車内の明かりが肌に痛いほどだ。
史跡公園から二時間くらい乗って、何も無い駅でドアがプシュウと開いた。シホに促されて降りた。
夜一色の中に島式ホームが暗く浮いていた。木の柱の駅標を読むと、ローカルニュースで聞いたことがある町の名があった。
この町にはシホの父方の家があるという。私一人なら、一生来ることもなかったろう。
うすうす感じてはいたけど、無人の改札を出て、外から見ると、「やっぱり」と思った。この駅は、私がさっき、闇との対面をさせられた場所だった。細部は違うかもしれないけど、さっきの記憶と、今の現実が、なぜか一致する。空気の肌触りが一緒なんだ。
ま、そういう事も普通だろう。だからシホも何も言わない。
あたりは暗晦で、シホが呼んでいたタクシーが来てなかったら、重力を頼りに歩くしかないほどだ。二人でタクシーに乗り込んだ。シホは私を連れて行きたい処があるらしい。
そのまま、闇のなかを漂うように進んだ。
やがて、タクシーは、闇を上方へと進んでいった。
右へ左へ、曲がりくねる感じが、ゆっくり繰り返された。
駐車場らしい平地で、私達はタクシーを降り、闇の奥に歩いた。
其処は山の上の広場だった。下界のつつましい夜景が充分に明るく広がっていた。
暗みが濃いと、明かりも冴えるねー。
此処は史蹟広場と空気が似てる。地続きのように思えるほどだ。
私は此処にも前に来た気がする。
たぶん、シホと観た夢の中かなぁ……。
「そろそろだね」
シホは機械式の大きな腕時計を確認している。大きな球面のガラスがお洒落だなー。
私は何となく、広場の縁まで出て行く。舞台のようにせり出していて、夜景が真下にあるように感じられる。クルクル回ったりしてみる。身体が軽い。
……あ、24:00になったなって、身体で感じた。
私は、シホの夢の時と同じ、淡いパール色の衣装に変わっていた。夢では着慣れていた衣装。
「なるほどー」
ビビッドな赤と、メロウなグリーンが大胆に入ったデザインがイイ感じ。今は肌に吸い付くようになじむ。うーん、「前」も私、この衣装着てるのかな。マイナーチェンジ衣装のような安定感。ともかく、『アイドル』の活動の、最初の衣装には相応しいね。
「すご……」
シホが口元に手を持っていき、目を見開いていた。銀灰色の瞳をキラキラさせている。初めて、夢で、私を観たときみたいな顔じゃないか。
でもさすがだね。そのキラキラがあるからシホは『アイドル』なんだよ。
『アイドル』が覚醒した私は、超能力持ちであるシホからすれば、全身が太陽並のまばゆさで光っているように見えるのかもしれない。
私もなんとなく、ほんわかした充足は感じる。でも、今のところ超能力は目覚めていないから、自分の光は見えたりしない。
でも、史跡公園での発言は撤回。
私の服が一瞬でアイドルめいた物になる変化は、あったね。
まあそのくらいはね。
相変わらず、カラダは重いし、ココロは憂鬱だし、私は何も変わっていないんだよねー。
でもいいんです。ココロが憂鬱でも、私は、とても晴れやかだった。私は『アイドル』の気持ちを徐々に想い出してきた。
分断していた、夢の時の自分と、今の自分のふたりが、貼り合わされて行く、体感。
「どうですかねー、シホから観て?」
「完璧に、なったね。『アイドル』に」
「そうかな? 私は、生ゴミだよ? ゲスだよ? 憂鬱だよ? 卑屈だよ? 無力だよ? 無能だよ? いつもぼんやりとしていて、なんとなくただ生きてるだけで、何でもない存在だよ? 私のパートナーだと役不足じゃないのかな?」
「うーん、マミは生ゴミでいいんだよ。ゲスでいいんだよ。憂鬱でいいんだよ。卑屈でいいんだよ。無力でいいんだよ。無能でいいんだよ。何も考えられなくていいんだよ。ぼんやりしてていいんだよ。なんとなくただ生きてていいんだよ。何でもない存在でいいんだよ。それが、『アイドル』ってコトだから」
「そうなんだねー」
闇と対面する前の私なら、シホの回答を無視か、わけが解らなくて怒っただろう。「私はゴミなのに、そのままでいいはずないでしょ!」って。けど、今は解る。
そうだよね。夢の中で私がどう振舞っていたか、やっと、感覚が戻ってきた。
あのとき、私は「自分はこれでいいの?」と疑問をもつことなんて無かった。
私は、「これが私です」と宣言さえしない、無条件な存在。疑いも否定もない。すべてが当たり前。私は、《私の儘》に動いていただけ。《私の儘》という感覚を、一度、忘れてしまっていた。だから、現在の私がどうだろうと、闇が足首を掴んでいようと、それが当たり前で、今、私は、《私の儘》に在る。これが『アイドル』の感覚。
夢を観たのなら、観続けていたらよかっただけ。
「まー、なりたてのマミに納得しやすく言うと、卑屈は配慮だし、憂鬱さは細やかさと愛情にも通じるし、無力は謙虚とか、凡庸は中庸でバランス、っていう観方もあるよー。ってコトだよね」
「あー、そうだね。『アイドル』をすっぽかしてた私に言うとしたら、そんな感じになるよねー。一段易しい説明ありがとう」
「今回のマミは、『普通』っていう結晶。それはとても美しいよ? ……マミ、おめでとう!」
シホはコートを脱いで、舞台の下に放った。
シホも私とお揃いの衣装を着用済である。シホならまあ当然。
コートの黒い影が、夜景の中へ点になって、吸われた。
「ありがとう」
私は頷いた。シホも頷いた。同じタイミングで頷いた。その動きになるのは判っていた。
『アイドル』になったので、私の言動は自動化した。それでいて、私の言動を完璧に統括しているのは、やっぱり私自身。『アイドル』の中で、私が動く。
私達はこの場所で、シホの町が見える山の舞台で、記念に、ひとしきり舞った。
踊りの所作は身体と細胞の全部で覚えていた。心地いい呼吸法のよう……というより、呼吸を忘れる深~い深~い、一息、って感じの気持ち良さに包まれた。
待たせていたタクシーに乗り込み、山を下りた。私達の衣装を運転手さんは意に介しなかった。違う世界に入ったんだな。それは、今の私の普通の世界。




