♪ Nostalgia 11 ♪
「でも、理屈は解ったとしても、どういう仕組みなのかな?」
「うん、実際の調整はヒジリがやってくれるけど、ヒジリの仕事は完璧だから、心配いらないよ」
「はい。三界麻美様の承諾を頂いたら、契約書を作成し、書類を『世界起動装置』に掛けます。その後、装置を設定しますと、装置の作用によって、取引内容が履行される仕組みです」
「そうかー」
なるほどねー。『世界起動装置』なんていう、中学二年生もびっくりの装置が実在するとはねー。いや、何か微妙に覚えてる気が……。中学二年生のときSF洋画を観た後に私が夢想した「続編」に出てくるオリジナル機構の名前と同じでは……。完全に想い出せないけど……。だけど妙だな。私の夢想とたまたま同じ名前の装置だなんて。
この装置の使い方については心配無用。シホのブレーン(?)の空蝉ヒジリさんが、全部やってくれる、とのこと。
ちなみに、私は今も、野暮ったい普通の高校生のままです。普通のアイドルになれる気持ちすら、カケラもないからね。
たしかに、とても大事なコトには気づけた。けれど、それで一瞬で変身するかっていうと、そんなことはなかった。
映画のような分かりやすい変身ではなかったね。すごく地味だと思う。シホはどこから見てもスーパーヒロインだけど、私はカラダもココロも重たいです。何も変わっていない。
ただ、今まで自分だと思っていた物――「私」――に、風穴があいたのは確か。
だから、「私」の石棺に閉じ込められて、石棺があちこち走り回るのに付き合う事から、解放された。「私」にいつも殴打されて、昏倒状態で、あちこち運ばれていた。東西南北・過去から未来・天国や地獄、うつろな、生命感のない、ふわふわコンクリートの中を。毎晩、寝ることだけが、唯一、楽な事だった。人間達のように、毎日過ごすだけの事なのに、毎日苦しかった。石棺の中で、私は、死にかけていた。
今現在も、「私」は活動している。「どうせ自分は野暮ったいんだ。こんな憂鬱や無能じゃだめなんだ。スーパーヒロインになりたいんだ」って、ココロとカラダで活動している。
でも、もう大丈夫。石棺は破壊された。ココロとカラダは、私じゃない。それは、起きながら見ている夢のような物。
だから私は、放っておく。黙っている。
解放的な空気を感じている。
「私」っていうコンクリートの部屋に風穴を開けてくれた風の流れを……。
だから、私が取引するとしたら、理由は一つ。
「理由が無いから」ってコト。
シホと遊ぶコトには理由が無い。私はシホと遊びたい。
それにはシホの隣に立つ事の他にあるの?
「三界様。確認しておきますが、仮に貴方様が『アイドル』になられた場合、活動期間は限定的になるでしょう。なぜなら、ご自身が殺した全人類の呪いを心身に受け、貴方様は呪い殺されるでしょうから。それでも、耐えられますか? 承諾されますか?」
ヒジリさんは言った。契約前に念を押している。
今までの「私」なら、こう思っただろう。『アイドル』になるのと引き換えに、地球の全人類が死ぬなんて、起きるはずがない。アリエナイ。
それって「私」ならではの逃避じゃないのかな。「私」は、「私」にはそんな大層な力は無いと、そう考えたがっている。
「私」が知っている、概念の中だけで、世界が動いているって、そう思っている。
『アイドル』になる事も、全人類が死ぬ事も、「私」には想像できない。概念の連なりでしかない。
「私」のレベルの空想で、手に負える範囲じゃない。実感できない。「私」はエラーを起こしてしまって、システムダウンする。
物理的には、起きるはずがない……。
常識的には、起きてはいけない……。
だから、アリエナイ……。
「私」には『アイドル』の世界の事は解らない。だから、絵空事、と言うしかない。アリエナイ、で終わらせたい。
でも、どうかなー?
それこそ物理的には、普通の人間が突然にシホのレベルの存在になって地球に躍り出るには、全人類と引き換えが等価だって、物理学者は言うかもしれないよね?
「私」は怖れているよね……もし、実際に、『取引』が可能なら? 「私」にとって概念でしかない命題が、現実化し、全人類が死んだら? 私が『アイドル』になったら?
そのとき、「私」にできる事は何も無い。
「私」の造って来た、概念の世界を超えている、『アイドル』の世界に、従わないといけなくなる。そうなったら、「私」は消えなきゃいけないかもしれない。
「私」を介在させず、私が物事を決めてしまえて、私も、世界も、変わらずに在り続けるのなら、「私」は無用だってことがバレてしまう。
それは「私」にとっては、恐怖そのものだと思う。
実現させないように、アリエナイと黙り込んで、息を潜めている。
私の様子をうかがっている。
だから今、私は頭痛がして、吐き気がする。これは、「私」の腹の底から絞り出す、さいごの足掻きの声。「非合理な取引をするな!!! お前は全人類を殺した極悪人になるぞ!!! 最も腐れた人間として記憶されるぞ!!! ヤメロ!!!」って、訴えている。
いつも、そうだね。
私のせいにしないでくれるかな。
前もモノローグしたよね? そもそもね……「腐れていて悪い」という思考に私がダメージを受ける必要はないんだよ? 私は非合理も嫌じゃないんだよ? 悪い、正しい、腐ってる。だから、何なのかなー? 私には関係ない。
キミが心配してるのは、私のコトじゃないでしょ?
ジブンだけだよね?
「私」が消えたくないって、言ってるだけだよね?
あとねー、「全人類の呪い」って。
それって、概念でしょ。
キミが制作した概念でしょ。
だってキミは、「私」が消えたくない、だけで手一杯。全人類の死なんて、想像できないはずでしょ。
だから、せいぜい、キミが言ってる「呪い」なんて、個人が死ぬ恐怖とか、その程度の物なんでしょ?
だったら今までの私の世界と変わらないよね?
キミの中に閉じ込められていた時、私が感じていた重さが、キミの言う「全人類の呪い」で、「全世界の重さ」だよね。
じゃあ、いいよ。好きなだけ叫んでよ。私はキミの呪いの声を聴くよ。
綿飴の機械の中で、海藻が掻き混ぜられてるみたいな、醜さと重さを感じてあげるよ。キミは、どこまでも美しくないし、醜さや重さが窮まる事もないよね! 今まで、私が日常で感じて来た、半端な重さ。悟られずに人を殺す、真綿を溶かし込んだような空気。
「全人類の呪い」とやらの正体は、キミだよ。
頭の中にしか有る事ができない幻想の事だよ。
「するに決まってるよね。私は『アイドル』になりたいんだよ」
私は答えた。これは、選択ではない。選択かのように見せ、惑わす、幻想。人間の頭の中の、地獄のような幻想が有っただけ。
最初から、シホの隣に立ちたいか、という問いがあっただけ。私は問いに応える。「当然でしょう」って。
私は、羊皮紙の所定の欄に名前を書き、ヒジリさんに渡した。
ヒジリさんは、杖のハンマー部分に、紙を差し込んだ。この杖は、携帯型の『世界起動装置』……だったかな……想い出せないな。
紙は、音もなく吸い込まれ、その後、地鳴りがして丘全体が発光するとか、異形の建築物や都市や世界が現れるとか、私達が宇宙に瞬間移動するとか、私の服が一瞬でアイドルめいた物になるといった変化は、一切無かった。
これで、『取引』は完了。
最後に、杖のハンマー部分から、半分の大きさの紙が出て来た。『取引』の結果の通知書だそうです。やっぱり異言語で書かれてあったので、ヒジリさんは翻訳して、「『世界起動装置』による世界結果」を、私に伝えてくれた。
通告内容は三つ。
一つは、「三界麻美は今日の24:00をもって完全に『アイドル』になり、現象上で算出された活動期間は30日。三界麻美は30日間の活動後に死ぬこと」。
一つは、「三界麻美は『アイドル』活動に伴って、『アイドル』の記憶を想い出していき、死の瞬間に全部想い出すこと」。
一つは、「全人類滅亡は新種のウィルスのパンデミックの形で行われる。予兆は三界麻美の死の前後には見られること」。
以上。
「合ってるね。これでマミは『アイドル』の人生になったんだよ」
シホはヒジリさんの隣で、書かれている内容をチェックしていたみたい。
穏やかに、請け合うように、私に頷いた。
静かに、確信を込めて、私も頷いた。想い出せないけど、私のためにいろいろ準備してくれていた、シホを労った。それと、これから始まる二人の活動にむけて、感謝を伝える意味でも。
「御主人様。わたくしは『装置』の使用に伴う残務がございます」
「ありがと、ヒジリ。いーよー、先行って」
「失礼致しました」
ヒジリさんは深くお辞儀をして、広場から下りて行った。
言葉も動きも少ない人だ。




