♪ Nostalgia 10 ♪
気付くと私は墳丘の円形広場に戻っていた。
一度途切れた意識が続いているような、変な感じだ。夢を見た後で、別の夢になり、どっちも覚えている感じに近い。
志保は私を覗き込んでいる。廃駅の世界に居た志保だろうか? 私は此処で、志保と話しながら、廃駅の世界の夢に落ちていたのだろうか?
けれども、この史蹟公園の有る世界だって、夢のような物なのかもしれない。じっさい夢かもしれない。
なぜかメガネが失くなっているけれど、ちゃんと景色が見えている事は。
結局のところ、どっちだっていいと、さっきまでの私と違って、そう思えてならない。「私は此処に居る」っていう実感だけは、どの世界にカラダやココロが送られても変わらない。それはさっきまでの私には無かったものだ。それだけで充分だ。他に何の証明が要るんだろう?
「これからどうする、マミ?」
小学生の門限の時みたいに志保は言った。
私達は、ずっと此処に居たんだ。志保はその事を知っていて、私は忘れていた。現実や、普通と呼ばれる、「私」が見る夢を見ていた。起きながら眠っていたけれど、今、目が醒めた。
「自分が何だったか、半分くらい、思い出したよ……」
志保が最初から親しげだったのは当たり前だ。実際に私達は親しいのだ。
志保が小学生で、私が17歳だった夢の中から、ずっと一緒に、此処に居る。
「じゃあ、すぐに全部思い出すかな?」
「いえ、やめておこう。全体像の気配は、何となく感じるし……。それはもちろん悪いものじゃない。残りの半分は自分で行動しながら観て行ったほうが面白い感じもする」
出会った時と違って、今の世界は、二人とも17歳になった。私はこれを待っていた。思い出した。
志保も待っていたと思う。あの時と同じ愉しさで、今を、愉しんでいる。
「シホ、続きを遊ぼう。私達の遊びの続きを……」
「うんっ☆」
微笑む志保の顔は、あの夢以来のようでもあるけど、じっさいは、さっきからずっと私が対面していた顔なんだと気付いた。だから一瞬だけ、小学生の門限の時に、夕暮れの昏さに包まれた中で、志保が立っているように錯覚した。昔の志保も、いまの志保も、此処に居る。私達は、《今》、会った。それは、ずっと、会い続けていたということだ。17歳の私達は、これから、夜の世界をはじめる。
「マミは目が醒めたばっかりだからね。今度はシホが案内するよ。ついておいで?」
「わかった」
シホが差し伸べた手を、私は握った。
「では、『取引』を始めましょうか?」
闇のなかで声がした。
広場の中心あたりに控えていた、メイドの女が、初めて喋った。
「そうだね、済ませよう」
シホは答えた。
メイドの女は、私の所へ来た。
「空蝉ヒジリと申します。伊覇・ルカ・志保の婢女を務めさせて頂いています。三界麻美様、これより貴方様に『取引』していただきます」
いま気付いたが、このヒジリという女性もまた、驚くほど美しい。年齢は私達よりやや上だろうか。シホがこの世界に居なかったら、代わりにアイドルをしていても不思議ではない。ただ、シホとは毛色が違った。銀縁のメガネもあって、物静かで知性的という感じが強い。むかし流行した、赤い服のヒロインと白い服のヒロインとが登場するアニメがあるのだけど、その白いほうのヒロインに雰囲気が似ている。
ヒジリという女性はカバンの中から古代の杖のような物を出した。杖の先端には、装飾を施された、顔よりも大きな直方体の物体が付いていて、ハンマーのようでもある。
ヒジリさんは直方体に付いているボタンの一つを押した。すると、プリンターのような仕組みなのか、直方体から一枚の紙が現れた。
機械だろうか。奇術だろうか。珍しくはない。メイドドレスの仮装をする女だ。アイドルのマネージャーである傍ら、一流のパフォーマーでもあるのだろう。
ヒジリさんは、私に紙を提示したが、ぜんぜん読めなかった。時代がかった羊皮紙のような物に書かれている文章は、私の知っているどの言葉でもない。
「何が書いてあるのかしら……?」
「『取引』の内容だよ。マミは一度、『物理世界のユメ』の中にドップリだったから、カラダ的にもココロ的にも、『アイドル』から程遠い物になって、『普通の人生』の物に定着しちゃってる。でも、シホ達はすぐ活動を始めるから、マミが『普通』のカラダとココロに閉じ込められてるイミはないよね? だから『取引』することで、今晩中に『アイドル』のカラダとココロに、マミは結び付けられるんだよ」
なるほど、私は感覚的には、はればれしているけれど、カラダやアタマが錨のように重いままで、ついて来てない感じがある。カラダとアタマが『アイドル』対応になるにはラグがあるという事みたいだ。
そうした仕組みや、私が『普通』に変わっていた事情も、輪郭を思い出して来た感じはするけれど……。
たしかに今のカラダとココロの状態だと、もどかしいな……。
直感だけど、ラグは千年くらいあるだろう。
つまり、普通に行ったら、今生では無理ということだ。
私もやっぱり今からシホと二人で活動したいし……。
「三界麻美のカラダとココロが、すぐに『アイドル』のレベルに対応するって事だね。いいね。取引内容を教えて?」
「はい。『貴方様は、全人類と引き替えに、アイドルになれます』」
ヒジリさんは紙を見て私に伝えた。
うん。なるほど。そういう内容か。
「それは確かなのかな?」
私は訊いた。
「もちろんだよ。マミは、ここの世界では、『普通』が定着しちゃってるんだ。天変地異レベルのイベントが起きないかぎり、『アイドル』のパフォーマンスを出せるようにはならないんだ。人生のシナリオを『普通』から『アイドル』に書き換えるのは、その位のコトなんだ」
シホは答えた。
「だから、ヒジリのシミュレーションによれば、全人類が滅ぶのと引き換えに、マミは『アイドル』の人生を得る事になるよ。どうする?」
シホは真顔で問い掛けた。嘘をついているとは思わなかった。だって三界麻美は、たしかにまったく普通の塊のような人間で、『アイドル』になるには全人類の命を掃き捨てるくらいでなければ、釣り合わないだろう。だから嘘ではない。




