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第38話黒い蝶は83才まで飛ぶ(たぶん)
夢のなか、
黒い蝶がひらりと飛んでいった。
やけに堂々と、
まるで町内会の会長みたいな顔をして。
「死んだ人は黒い蝶になってこの世にやって来るんだよ」と、誰かが言った。
誰?……、その情報源。
自治会の回覧板か。
……あれは誰?
オヤジ?
いや、オヤジにしては
ちょっと優雅すぎる。
生前はもっとこう、
人と人の間をよくしゃべりながら移動する生き物だった。
夢のなか、僕は歩いている。
歩く、歩く、歩く。
万歩計もびっくりだ。
父が亡くなった歳まで歩いていく。
あと7年。
83才まで。
やけに具体的、夢のくせに。
途中で休憩所とかいけへんのか。
それでも歩く。
未来の自分に会いにいくみたいに。
あるいは、
オヤジの背中の続きに追いつくみたいに。
そして僕は、
日向ぼっこをしながら空を見上げる。
「あっ! 黒い蝶?……」
陽炎の向こうで、
ひらひら、
ゆらゆら、
まるで記憶が洗濯物みたいに揺れている。
朧げながら、
少しだけ、
ほんの少しだけ、
ああ、オヤジって
こういう気分だったのかもしれないな、と。
向う意気強く、饒舌で、世話好き、ちゃんと日向は好きだった人。
わかったような、
わからないような。
どこまでも夢のなか。
黒い蝶は今日も飛ぶ。
83才までの道のりを、
たぶん、僕よりも軽やかに。




