三ノ怪:くねくね 後編
2025年8月4日
「え?何で鬼一がいるの?」
虎井君の依頼で長野県飯山市へと向かうこととなった俺は朝6時に東京駅へ到着したのだが、そんな俺を新幹線の切符売り場で待つ女性がいた。
そう、俺の助手兼ゼミ生の鬼一瞳だ。
彼女はスーツケースを持っており、確実に俺に同行しようとしている
「お供するに決まっております」
「いやいや、危険だって。だから、鬼一はここで帰るんだ」
「先生、本日の宿泊先の旅館さ○やですが、私がいないと料金は元の数十万円となってしまいますがよろしいのですか?」
「昨日から一緒に行くつもりだったのか。でも、ほら、部屋は一部屋しか予約出来なかったのだろ?」
「はい。しかし、和洋室ですので、ベッドは二つあります」
「おいおいおい、流石にそれはまずいだろ・・・」
「私は気にしませんが?」
「俺が気にするっての!」
「先生、そんなことより、そろそろ行きませんと、新幹線に乗り遅れてしまいますよ?」
「そ、そうだった!切符、買わないと!!」
俺は急ぎ、6時28分発のはくたか551号金沢行きの切符を買いに走ろうとするが鬼一に手首を掴まれてしまった
「先生、すでに座席の確保と切符も持っておりますので、ご安心ください」
鬼一の言う通り、彼女の手には二人分の切符が握られていた
「朝食もまだだと思い、駅弁も購入しております。仙台の牛タン弁当で宜しかったでしょうか?」
「くっ、飲み物は?」
「アイスコーヒーをタンブラーに入れてきております」
「・・・まさか、パナマ・ゲイシャの?」
「いいえ、本日はエチオピアイルガチェフェのアナエロビック・ナチュラルのアイスコーヒーでございます」
「な、なんて?」
「エチオピアイルガチェフェのアナエロビック・ナチュラルでございます。簡単に説明するとすれば、アナエロビック製法で作られたエチオピア産のコーヒー豆で淹れたアイスコーヒーとなります」
「・・・流石は鬼一、色んなコーヒーを知っているな」
朝から難しい呪文を聞いてしまい、頭痛がしてきたため理解するのを諦めた
「お褒めの言葉、ありがとうございます。それでは先生、新幹線に乗り遅れてしまいますので、そろそろ向かいましょう」
鬼一から新幹線の切符を受け取り、改札を潜り抜け、新幹線ホームへと降りる
「ええと、何号車かな?」
手元にある切符へ視線を落とすと、『グランクラス』と記入されていた
「・・・・もう、慣れた。鬼一、グランクラスは何号車だ?」
何処かへ調査なりネタ探しに行く場合、移動は基本的に新幹線と決めており、グランクラスの席を鬼一が必ず確保してくるため、グランクラスに乗るのは初めてではない
「12号車となります」
すでにホームへ停車していた、はくたか551号金沢行きの12号車へ乗車した俺と鬼一は座席へと座り、出発するのを待つ。
6時28分となり出発した、はくたか551号のグランクラスには俺と鬼一しか乗車しておらず、今日の工程などを誰かに聞かれる心配をすることなく、駅弁を食べながら話し合うことが出来た。
そして、鬼一が淹れてきたエチオピアイルガチェフェのアナエロビック・ナチュラルとやらのアイスコーヒーはやはり美味しかった
「先生、そろそろ到着します」
「ん?もうか、早いな」
仙台の牛タン弁当と美味いアイスコーヒーを楽しんだ俺はいつの間にやら眠ってしまっており、鬼一の呼び声で目を覚ました。
左手の腕時計を確認すると、8時10分を示しており、到着時刻まであと6分となっていた
「気持ちよさそうに眠っておりましたが、昨夜はあまり眠れなかったのですか?」
「鬼一も知っているだろ?俺がこういった遠出をする時は中々寝付けないって」
「そうでしたね。では、徹夜ですか?」
「いや、最後に時計を見たのは3時だから、二時間は寝れた」
俺が住んでいる場所は東京駅からは徒歩20分ほどの距離のため、5時には起きなくてはならなかった
「今日、明日は長時間眠れると良いですね」
「温泉に入って、美味い料理を食べて、マッサージも受ければ元気一杯になるだろう。楽しみだ」
「はい、私も楽しみです。ただ、虎井さんの件がどうなるかに寄りますが・・・」
「ああ、そうだな。今回は誰も死なないことを祈ろう」
俺が行く場所には死体が転がる。
あの夏の出来事以来、母も祖母も従姉妹も人ならざるモノにより殺されてしまった。
恐らく、あの出来事のせいで、俺には死神が取り憑いてしまったのだろう。
だが、そのおかげで、この鬼一瞳と出会うことが出来たのだから、まだマシな人生である
「着いたな。確か、飯山駅で虎井君が待っているはずだ」
はくたか551号は飯山駅に到着、俺と鬼一は改札に向かうとそこには虎井君の姿が見える。
その横には見知らぬ女性が立っているが、虎井君の母君だろうか
「教授!!お待ちしておりました!!!鬼一さんもよく来てくれました」
虎井君は鬼一がいることに驚いていない。
どうやら、事前に自分も行くことを虎井君へ伝えていたのだろう
「やあ、虎井君。出迎えありがとう」
俺と鬼一は気がついている。
虎井君は元気に見せようとしているものの、目元には隈ができており、尚且つ、あの川の臭いが強まっている。
隣の鬼一も微かに顔を歪めているため、鬼一も気がついているのだろう
「貴方が京坂教授ですね?私は龍太の母、虎井雪子と申します。遠距離の所、よくおいでくださいました」
「虎井君のお母様でしたか。はじめまして、私、京坂武と申します。隣にいる彼女は私の助手をしている鬼一瞳、本日は私共の急な我儘を聞いてくださり、誠にありがとうございます。そして、お手を失礼しますね?」
「え?」
虎井君の母の手を取り、臭いを確かめる。
俺の急な行動に虎井君も、虎井君の母君の二人の表情に困惑と驚きが見える
「先生、事情を知らない人にはその行為は不審者でしかありませんよ?」
「おっと、そうだな。申し訳ない、ちょっとお母様の臭いを嗅いでおりました」
俺の言葉に虎井君の母君の顔は引き攣っている
「ですが、これで一つわかりました。怪異に狙われているのは虎井君とその従兄弟の智君の二人のみ。お母様は狙われていないので。ご安心ください」
「い、今の行動で、そんなことがわかるのですか?」
「ええ。そして、お尋ねしたいのですが、何故、虎井君が狙われているか、理由をご存知でしょうか?」
「い、いいえ、私には何も。それより、ここで立ち話もあれなので、早速、我が家へご案内したいのですがよろしいでしょうか?」
「そうですね。智君の様子も確かめたいことですし、ご案内願いましょう」
飯山駅から出た俺らは虎井君の母君が運転する車に揺られながら、虎井君の実家へ向かう。
向かう道中、虎井君はアイマスクをつけ、窓の外を見ないよう頭を下げ続けているが、これが虎井君に出来る唯一の方法なのだろう
「お疲れ様でした。こちらが我が家となります」
長く揺られれていた車から降りた俺は辺りを見渡すと、田んぼに囲まれた一軒家を眼にする
「・・・・」
一軒家を見つめる鬼一の瞳に鋭さが増している
「(鬼一、何が見えた?)」
虎井親子には聞こえないよう、鬼一のみに聞こえる声量で何が見えたかを問い掛ける
「(神社が見えました)」
「(神社か、厄介だな)」
鬼一には俺にはない力を持っている。
彼女は波長が合えば過去の出来事や現在の出来事を見ることができる霊視の力を持つ。
そんな彼女が虎井家を見たことで神社を霊視したということは、それが『神社へ行け』なのか、『神社が関係している』のかはまだ俺にはわからない
「お二人とも、難しい顔をしておりますが、どうなされましたか?」
「中々、大きな家だと思いまして。黒漆喰の土蔵もありますね」
虎井家の横に聳え立つ黒漆喰が特徴的な土蔵にどうしても目が移ってしまう
「はい。家の方は一度全焼してしまい、建て直しましたが、蔵は明治時代からあるそうです」
「明治時代からですか!?それは中々な物ですね。民俗学を学んでいる身としては、こういう物は本当に気になってしまうのです。中には何が?」
「もっぱら物置きとして使っておりますので、ガラクタやゴミなどが多いですね」
「一度、整頓するのをおすすめしますよ?こういった古い土蔵には、古い文献やお宝が残っている可能性もあるので」
「お宝なんてそんな物は無いと思いますよ?」
「お宝と言っても幅があります。オークションに出品したら、まさかの数万円もすることもあります」
「そうなのですね。そこまで仰るなら整頓してみようかしら」
「そうだ、ここまで古い土蔵があるなら、家系図をどこかで見たことはありませんか?」
「家系図?」
「はい。何故、虎井君が狙われているのか、何故、お母様は狙われないのか、何かわかるかもしれません。ちなみに本日お父様は?」
その瞬間、虎井君と母君はそれぞれ違う表情となる。
虎井君は何とも言えない表情を、母君は触れてほしくないことに触れられてしまったような表情をする
「教授、父さんは自分が幼い時に他界しております・・・」
「そうか、無神経だったな。申し訳ない」
俺が虎井君の父親のことを触れてしまったことで、この空間が静まり返ってしまう
「京坂教授、こんな場所ではあれですから、どうぞ上がってください」
「・・・そうですね。それでは失礼致します」
俺と鬼一はスリッパに履き替え、虎井君へ上がらせてもらう
「お婆ちゃん、京坂教授がきてくれたよ。教授、こちら、お婆ちゃんと智君の両親の叔母さんと叔父さん夫婦です」
案内された茶の間には虎井君の祖母と智君の両親が座っており、智君の両親に関しては窶れているように見える
「はじめまして。早稲田大学で民俗学を教えている、京坂と申します。こちらは助手の鬼一、本日はよろしくお願いします」
「これはこれは遠い所からよくお越しくださいました。どうぞ、おかけ下さい」
「それでは失礼します」
俺と鬼一は虎井君のお婆ちゃんに促され、勧められた座布団に腰を下ろし、出された麦茶を一口啜った
「それで、本日はどのようなことをして頂けるのでしょうか?」
「その前に皆様にお伝えしたいことがあります。龍太君には昨日伝えたのですが、私は一介の学者にすぎません。私が出来るのは知識を与えること、人ならざるモノを退治することは出来ません。そこだけは理解して頂ければと思います」
「わかっております」
「ありがとうございます。それでは行動させてもらいますが、まずお母様にも聞いたのですが、この家の家系図はありますか?」
「家系図ですか?確か有ったかと思います。お待ち致しましょうか?」
虎井君のお婆様は家系図を取りに茶の間から席を外す
「お願いします。では、お婆様が家系図を持ってきてくださるまでの間、私は智君の様子を確認したいのですが、智君のお母様、お父様、よろしいでしょうか?」
智君の看病で疲れきっている智君の母君はただただ頷くのみだった
「ありがとうございます。龍太君のお母様、智君のいる部屋に案内してもらえますか?」
「え?ええ、わかりました」
母君に案内される形で、俺と鬼一は智君が横になっている二階の寝室へ通されるが、智君は何かをブツブツと呟き続けている
「なるほど。お母様、ちょっと聞きたいのですが、ちょっとよろしいでしょうか?鬼一は智君を見ててくれ」
「わかりました、先生」
鬼一は軽く頷き、横になっている智君の横に腰を下ろし、俺と母君は寝室から出る
「それで何でしょうか?」
「龍太君のお父様の死因を教えてください」
俺の口から放たれた言葉に母君の身体が強張るのを感じた
「そ、それは・・・」
「お母様、部外者である私に話したく無いのも理解出来ますが、今は少しでも情報が欲しい。龍太君は正義感の強い、良い子です。私も死なせたく無い。どうか、龍太君のためにも知っていることを教えて頂けないでしょうか?」
龍太君を守るため、俺は深く深く母君に頭を下げる
「・・・夫はあの子が小さい頃、自殺したのです」
「自殺?」
「はい。車の中で自身の首を折っての自殺です。警察は事件性は無いと言っておりましたが、あれは・・・」
「何か不審な点があるのですね?」
母君は軽く頷くと、覚悟を決めたような瞳で旦那さんの死に方を説明し始める
「・・・夫の首は捻れていたそうです」
「先程、車の中でと仰っておりましたが、どこで?田んぼの近くでしょうか?」
「な、何故、あの人が田んぼで死んだとわかったのですか!?」
「なんとなく、そうではないかと。ただ、知りたいことは知れましたので、智君の対処をしてしまいましょう。効くかは不明ですがやらないよりはマシでしょうし。失礼、タバコを吸っても?」
「は、はい」
困惑している母君を尻目に、智君が横になっている寝室へ入り直し、腰のポーチからパイプ煙草を取り出す
「先生」
横になっている智君の横に腰を下ろしている鬼一は心配そうに俺を見上げている
「やれることをやるだけさ。ヤバかったら逃げるから」
「はい・・・」
俺はポーチからマッチを取り出し、パイプ煙草へ火を着ける。
肺に煙が入らないように気をつけつつ、口一杯に煙を吸い込み、寝室へ吐き出す。
部屋に漂っている生臭い臭いを打ち消すまで、パイプ煙草の煙を吸って吐いてを繰り返す
「そろそろ良いか」
気がつけば、寝室に漂っていた生臭い嫌な臭いは消え去り、タバコの臭いで充満していた。
俺はパイプ煙草の火を消し、パイプ煙草をポーチへ入れ、その代わりを取り出す
「それは伊勢神宮の御塩と神酒ですか?」
「ああ。昨日、鬼一に渡された御塩だ。神酒は使用していなかったからまだ残っていた。念の為、これら持ってきて正解だった」
「あ、あの、それは一体?これから何を?」
母君はただただ困惑しているようだ
「お母様は念の為、離れていてください」
俺は困惑しながら心配そうにしている母君に離れるよう告げ、ぶつぶつと呟き続けている智君の口内に伊勢神宮の御塩を入れ、神酒を流し込む
「・・・・・・・・・・・!?」
御塩と神酒を智君の胃に流し、様子を伺っていると、智君の身体が震え出し、盛大に咳き込む
「・・・・・・あ、あれ?」
咳が治ると、意識が回復した智君の口から先程までとは違う生きた肉声が放たれた
「さ、智君!?ゆ、雪菜!雪菜!!智君が!!!」
意識を回復させた智君を見た母君は驚きながらも、いち早く智君の両親に知らせるため大声を上げながら一階へ降りていく
「・・・・ここ、お婆ちゃんのおうち?」
「そうだよ」
「・・・お兄ちゃん、だれ?」
「僕は京坂武。東京で先生をしているんだ」
「さ、智!!!」
智君に自己紹介をしていると、智君の両親の二人が勢いよく寝室へお駆け込む
「・・・お、お母さん?お父さん?」
「良かった!本当に良かった!!」
「く、くるしいよ」
「ご、ごめんね!もう大丈夫だから。パパ、智も起きたし、こんな場所、いち早く出ていきましょう!」
「ああ、そうだな」
智君の両親は意識が回復した智君を抱きかかえる
「今、この場所から離れるのは得策ではないです。止めた方がいい。ここから出たら智君に何が起こるかわかりません」
「貴方に何がわかるの!部外者は黙ってて!!第一、何で貴方のような胡散臭い男の言葉を聞かないといけないのよ!!!」
この場から離れようとしている智君の両親を止めようとするが聞く耳持たない
「先生になんて言葉!貴女の息子を目覚めさせたのは先生なのですよ!!」
俺に対しての理不尽な言葉に癇に障った鬼一が負けじと怒鳴り返す。
普段、大きな声を出さない鬼一がここまで大きな声を出すとは思わなかった
「鬼一、落ちつけ」
「ですが!!」
「忠告はしましたよ?」
「うるさい!!さあ、智。こんな危ない場所、さっさと離れてしまいましょう」
智君の母親は俺の忠告を無視をすると、何が起きているのか理解できないでいる智君を抱きかかえると、外に停めてある車へ乗り込み、そのままこの家から立ち去っていく
「先生」
隣に立つ鬼一は心配そうな顔をしながら俺を見上げている
「俺は忠告はした。生きるのと死ぬのもあの人次第」
「そう、ですね・・・」
「・・・鬼一は優しいな」
「先生が他人に興味が無さすぎるんです」
「そうかもな」
智君を乗せた車を見送る形となった俺と鬼一の元に虎井君とお母様が慌ててやってくる
「きょ、教授!智君は?」
「ご両親に連れられて行ってしまったよ」
「そんな。危なくはないのですか?」
「危なくない訳がない。俺と鬼一は止めたんだが、智君のお母様がヒステリックを起こしてしまっていてね、俺ら二人の話を聞こうとしない。でも、俺は止めたし、忠告もした」
俺が智君の両親を止めたことを虎井親子に説明していると、遠くの方で大きな爆発音が響き、黒煙が遠くで立ち昇る
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爆発音から数分前
「智!もう大丈夫だからね!三人でお家に帰りましょう」
助手席に座る私は後ろを振り返り、智へ声を掛けるが、家を出る際にあの胡散臭い男が何か言っていたが、そんな物はどうでも良い。
可愛い我が子を守るためにはいち早くこの土地から逃げないといけない
「智、念の為、私が良いと言うまでは顔を下げて、目を閉じて外を見ないようにしていなさい。良いわね?」
「う、うん・・・」
智が私の言いつけを守り、目を閉じ頭を下げる。
とりあえずは安心した私は智から目を離し、手元のiPhoneへ視線を移す。
それが私の最大の誤ち
「わかった!もう顔を上げるね!!」
「え?」
iPhoneを弄っていた私の耳に後ろにいる智の声が聞こえ、慌てた私は勢いよく振り向くと、智は顔を上げており、震えながら横を凝視していた
「さ、智?何を見ている、の?」
この子が何を見ているのか、私にはわからない。
私には何も見えない
「あ、は!」
「さ、智?」
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
「さ、智!!!?」
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
車中に響く、智の笑い声。
旦那に急いで車を停車させてもらい、智が笑って座っている後部座席へと移動しようと慌ててシートベルトを外していると、後部座席から嫌な音が鳴り響く。
私と旦那は恐る恐る後部座席へ振り返ると、智は自身の頭を力一杯に掴み、360度、力任せに捻っていた
「そ、そんな、智・・・・」
頭の処理が追いつかないまま呆然と何となしに正面を向くと、トラックが目前に迫って来ていた
「ひっ!!!!!」
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遠くで爆発音が響き、黒煙が立ち昇る
「な、何!?」
「きょ、教授、いったい何が!!」
爆発音を聞いた虎井親子がパニックになりかけていると、家の中から虎井君のお祖母様が慌てて、外へ飛び出す
「な、なんだい!今の音は!!」
「お婆ちゃん!遠くで何かが爆発したみたいだよ!」
飛び出してきたお婆様に虎井君は何があったかを説明している
「先生、もしかして」
「恐らくな。お祖母様、どうでしたか?家系図は見つかりましたか?」
「は、はい。こちらです」
お祖母様から古い書記を手渡される。
俺はそれを受け取り、虎井宅へ戻り、テーブルの上で開く
・虎井辰五郎(1790〜1860)
・虎井辰巳(1808〜1869)
・虎井竜弦(1825〜1870)
・虎井竜太郎(1844〜1870)
・虎井竜太(1862〜1881)
・虎井はな(1880〜1962)
・虎井弦蔵(1897〜1916)
・虎井弦三郎(1914〜1934)
・虎井さくら(1932〜2007)
・虎井すみれ(1951〜2021)
・虎井龍蔵(1968〜1987)
・虎井龍夜(1986〜2006)
・虎井龍太(2004〜)
中身を確認すると、先祖代々の名前が記入されており、江戸時代まで遡ることができる
「教授、それで何がわかるのですか?」
「鬼一に虎井君、これを見て何かわかることはあるかい?」
いつの間にか、俺の両隣に来ていた鬼一と虎井君へこの家系図から見てわかることがあるかを質問する
「これを見てわかることですか?」
「・・・先生」
虎井君は一生懸命、俺が何を言いたいのか家系図を見ているが、それより先に鬼一が気がついたようだ
「気がついたか?」
「はい。この家系図を見る限り、明治初期に入った辺りから、短命となっております」
「流石は鬼一だ。よく気がついた」
家系図には先祖代々の生年と享年が記されている。
一番最初は江戸時代から記されており、代々長寿の家系だったと見受けられる。
しかしながら、鬼一が言ったように、明治初期にかけてから、その代々長寿だったのが打って変わり、短命の家系となっている。
だが、全員が短命ではなく、女性は長寿のまま、男性のみが短命に切り替わっていた
「本当だ。でも、なんで・・・」
「お祖母様、何か聞いていたりしませんか?」
「それは・・・」
三人で家系図を読んでいる間に茶の間へ戻ってきていたお祖母様に何か知らないかを聞いた所、何かを言い淀んでいる
「何か、知っているのですね?」
「お婆ちゃん?」
「・・・・明治初期まではこの土地に神社があったと伝わっております。私が言えるのはこれぐらいです」
「神社、そういうことか。だが、そうなると・・・」
ピンポーン
この家のチャイムが鳴り響き、虎井君のお母様が玄関へ向かうが、何かあったのかお母様が慌てながら茶の間へ駆け込む
「お、お母さん!!雪菜が!!!」
どうやら今のチャイムは、先程この家から出て行った智君とその両親が亡くなったことを知らせるためのチャイムだったようだ。
お祖母様は虎井君のお母様と玄関へ走っていき、この茶の間には俺、鬼一、虎井君の三人のみとなってしまった
「はあ、だから言ったのに・・・」
「教授?」
「みんな、甘く見過ぎだ。怪異はそんな簡単には逃げられない。一度、振り払ったとしても、すぐに迫ってくる、それが怪異だ」
あの家族は俺の忠告を聞かないで、出て行った結果がこの結果である
「ま、まさか、この結果を予想していたのですか!?」
「勿論だ」
「な、なら、なんでもっと止めなかったのですか!!教授が止めてくれていたら、智は・・・」
「虎井君、俺は君に言ったよ。どんな結果になっても俺を恨むなと」
「そ、そうですが・・・」
「これも言った。俺は祓い屋でも陰陽師でも神主でもない。知識はあるが怪異を退治することは出来ないと。納得して、俺をここへ呼んだ。違うか?」
「ち、違いません・・・」
「俺は智君の母親にも忠告した。忠告を聞かなかったのはあちらだ。それを俺のせいにされても困る」
「申し訳ありません・・・」
虎井君は俯きながら、力一杯に拳を握る。
反論が出来ない悔しさか、俺への怒りか、握るその拳から少量の血液が流れていた
「反省するのは後にしなさい。智君が亡くなったことで、その力は虎井君、君一人に向くんだ。いつ、怪異に狙われるかわからないのだから」
智君が亡くなったことで、自分が今以上に狙われる可能性を考えたいなかったらしく、それを聞いた虎井君の顔から血の気が引く
ピンポーン
「誰だろう?」
「龍太、ごめん!お母さん、手が塞がっていて扉が開けられないの!悪いけど開けてちょうだい」
「なんだ、母さんか。今開けるから待ってて!」
虎井君は立ち上がると、玄関へ向かおうとするが、俺は虎井君の手首を掴み、それを止める
「ちょっ、教授、離してください!」
「虎井君、何でこのチャイムが君の母君だとわかるんだ?」
「何でって、今、母さんが開けてくれって・・・」
「虎井君、よく聞くんだ!俺には君のお母さんの声は聞こえていない!!鬼一、お前には聞こえたか?」
「い、いいえ。チャイムの後は無音でした」
鬼一も気がついているようだ。
このチャイムは虎井君のお母様が鳴らしたものではない。
どうやら、虎井君にだけ、その声が聞こえているようだ
「龍太、まだ?」
「ほ、ほら、今だって、私の名前を・・・」
「言ってない!虎井君、人ならざるモノの常套手段を教える!奴らは人を誘き出す際、狙っている者の親しい者の声を真似る!!出たらダメだ!!!」
ピンポーン ピンポーン
「龍太、開けて」
「で、ですが・・・」
「虎井君!!!」
ピンポーン ピンポーン ピンポーン
「龍太、あけて!」
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン
「開けて!あけて、あけ、て、あ、けて、あけな、さ、い、あ、け、なさ、い、あけ、ろ、あ、けろ、あけろ!!!!」
「ひっ!!!」
チャイムが何度も何度も鳴り響き、虎井君は目を閉じ、耳を塞ぎ、身を縮め、部屋の片隅で震え始めてしまった。
そんな怯えきっている虎井君を無視するかのようにチャイムは止まることなく鳴り続けていたのが、ある時、ピタリとチャイムが治まり、静寂が訪れる
「い、行きましたか?」
「虎井君、それフラグ・・・」
『やったか?』は『やってない』、『行ったか?』は『行っていない』。
その証拠に虎井君が落ち着きを取り戻したその瞬間
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
「あけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろあけろ」
やはりフラグは馬鹿にできない。
虎井君が『行ったか?』と言った瞬間、玄関の扉が何度も何度も強く叩かれる
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
我慢の限界だったのか、パニックに陥った虎井君が茶の間の窓を勢いよく開き、靴も履かずに外へ逃げ出してしまった
「と、虎井君、駄目だ!!」
俺は玄関から靴を急いで持ってくる。
そして、虎井君が出て行った窓から虎井君を追いかけようとした所、外出していた虎井君のお母様とお祖母様が戻ってきた
「京坂教授?いったいどうしたのですか?」
「申し訳ない。今、説明している暇がなく。鬼一、代わりに説明よろしく!!」
「わかりました。先生、お気をつけて」
「ああ。母君とお祖母様、覚悟だけしておいてください」
二人の足止めを振り切り、逃げ出した虎井君を追うが、虎井家の敷地から出ると虎井君の姿はもうどこにもなかった
「遅かったか・・・」
周りには建物はなく、見渡す限りの田んぼであるはずなのだが、どこを見ても虎井君の姿はなく、自分一人では探すことができないと思った俺は一度、虎井家へと戻る
「先生?」
予想外に早く戻ってきた俺に疑問を抱いている鬼一と何が何だか理解出来ていない虎井君のお母様とお祖母様が茶の間で呆然としている
「申し訳ない、見失いました」
「み、京坂教授、いったい何が起きているのですか?それに龍太はどこへ・・・」
「ご説明します。お二人が外へ出かけている間に何が起こったのか」
敷かれている座布団へ腰を下ろすと、何が起こったのかを事細かに説明をする
「この周りは見渡す限り田んぼです。そんなすぐに龍太を見失うなんて・・・」
「そこで自分一人だと探せないので、お二人にも捜索を手伝ってもらいたいのです」
「も、勿論です!お母さんはご近所に電話で聞いてみて!」
「わかったわ」
「鬼一も手伝ってくれ」
「勿論です」
虎井君のお母様と鬼一、そして俺は手分けして虎井君を捜索するのだが、どこにも見当たらない。
途中でご近所のお爺さんやお婆さんも捜索を手伝ってくれてはいるが、今の所、見つけ出すことは叶わず、正午を過ぎてしまっている
「龍太・・・」
虎井君のお母様は行方不明となった虎井君のことを想いながら泣いており、お祖母様がそれを慰めている
「先生、虎井君は・・・」
鬼一は不安そうな表情をしながら、俺を見上げている
「・・・恐らく、神隠し状態となっているのだろう」
神隠しとは、人間がある日突然、忽然と姿を消してしまう失踪現象のことを示す。
古くから日本では、理由のわからない失踪を『神や天狗、狐などの仕業によって異界へ連れ去られた』と考えられていた
「先生もそう思いますか?」
「ああ。見渡す限りの田んぼで人が突然消えるなんて神隠しとしか思えない。それに、虎井君を狙っているのは恐らく、妖怪の類いではなく神だろう。だから、神隠しに合う」
「み、京坂教授?それはどういう意味でしょうか?」
泣き止んだ虎井君のお母様は赤く充血した眼でこちらを見上げている
「お母様は『くねくね』がどういった存在かご存知でしょうか?」
「いえ、詳しくは。ただ、見たら良くない都市伝説だということしか・・・」
「簡単に説明しますと、田んぼで白いくねくねと動いているモノを見た者は精神に異常をきたすと言われています」
「はい・・・」
「『くねくね』は怨霊や妖、ただの布、幻覚と色々な説がありますが、その中に蛇神だと言う説があります。そして、今回、ご子息を狙っているのは恐らく蛇神かその眷属だと思われます」
「み、京坂教授、何故、息子を狙っているのが蛇神かその眷属だと思われるのですか?」
「根拠は四つ。まず私の助手である鬼一ですが、彼女は波長が合うことで過去を霊視することが出来ます。そんな彼女がここ、虎井家を初めて見た際、神社を霊視しました。次に、お祖母様の先程の発言です。この土地には明治初期まで神社があったと言っておりました。しかしながら、今は神社の姿形もありません。つまり、神社を壊し、この家を建てた可能性があります。これで、鬼一が見た神社とは明治初期までこの土地にあった神社だとわかります。三つに、家系図です。家系図には1870年ぐらいまでは虎井家の一族は長命だとわかりますが、その年以降、男性の方はみな、短命となっております。これは私の勝手な憶測ですが、恐らく1870年前後にこの土地にあった神社を壊したことで、この土地に祀られていた蛇神が行き場を失い、神社を壊した男を末代まで祟った結果、その男の血筋である智君が亡くなり、龍太君が狙われているのだと私は考えております。ちなみに何故、神社を壊したのが男であるとわかるのかと言うと、家系図を見ればわかることですが、女性が長命のままなのが理由です」
「み、京坂教授、結局の所、あの子は龍太はどこへ行ってしまったのですか?」
「もし、『くねくね』が蛇神かその眷属の場合、龍太君は神域へ連れて行かれたのでしょう」
「し、神域?」
「神隠しは知っていますね?ある日突然人が消えるあれです。神隠しは、偶然か神の悪戯か人を神域へ誘うことでなる出来事です。浦島太郎の竜宮城も神域の一種です。神域とは時間の流れがこことは違う神の領域、もし、龍太君が神域へ行ってしまった場合、いつ見つかるかは不明です。もしかすると、一時間後に見つかるかもしれません。逆に数十年後にそのままの姿で見つかる可能性もあります」
「そんな・・・」
もう息子を見ることが叶わないと理解できてしまったお母様とお祖母様は先程以上に顔色を悪くさせて俯いてしまった
「虎井さん、見つかったぞ!!!」
茶の間の空気が完全なお通夜状態となっていると、玄関の方から男性の声が響くが、それを聞いた二人は顔を上げて、急いで玄関へと向かう
「先生、虎井さんは生きていると思いますか?」
俺は鬼一からの質問に対し、ただただ首を横に振ることしか出来なかった
「息子は!あの子は無事なんですか!!そ、そんな、いや、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
玄関から虎井君のお母様の泣き叫ぶ声が家中に響く。
その後、泣き崩れているお母様とそれを慰めているお祖母様の代わりに虎井君の遺体を確認してきたが酷いものだった。
首は360度回転しており、目からは血の涙が流れ、まるで案山子のように田んぼの真ん中に立っていたらしい
「一応、連絡しておくか」
俺は懐からiPhoneを取り出し、知人であり、警察の範馬王毅へと連絡する
『もしもし、武坂か?』
「ああ」
『お前が連絡をしてくるということは、また、そういうことだな?』
「ああ」
『場所は?』
「長野県の飯田市だ。早稲田の学生で、虎井龍太」
『そうか。詳しい住所を教えてくれ』
「ああ」
警察である王毅へここの住所を伝える
『わかった。今、部下を向かわせる』
「毎回、悪いな」
『何を今更。もう慣れちまった』
「それもそうだな。あとは頼む」
『了解』
そこで電話は終わり、遺体を回収してくれたご近所のお爺さんへ知り合いの刑事が来ることと、来たらその刑事の指示を聞くように伝え、俺は鬼一が待つ虎井家へ戻る
「鬼一、そろそろ俺らはお暇しよう」
「しかし、先生・・・」
「俺らにはもう何も出来ない。あとは王毅の部下に任せよう」
「範馬さんへ連絡したのですね」
「ああ。虎井君のお母様とお祖母様、後程、範馬という刑事の部下が来ると思いますが、彼らの指示に従うよう、お願い致します」
二人はただただ無言で頷く
「先生、タクシーを呼んでおきました。五分で到着するそうです」
力無く項垂れている虎井君のお母様とお祖母様への説明をしている間に鬼一はタクシーを呼んでくれていた
「・・・京坂教授」
「・・・何でしょう?」
「何故、何故、あの子を助けてくれなかったのですか!!あの子が死んだのは貴方のせいよ!!!!」
自身の息子が死んだのは俺のせいだと泣き叫ぶ虎井君のお母様。
それを止めようとしているお祖母様も俺のことを睨んでいる
「・・・・」
「何か言ったらどうなのよ!!!」
「・・・私は言いましたよ?私は一介の学者にすぎない。私が出来るのは知識を与えること、人ならざるモノを退治することは出来ないと」
「そ、それはそうだけど・・・」
「貴女方が私に言っているのは、熊について調べている学者にどうして熊を駆除してくれないのかと言っているのと同じです。俺に当たるのはお門違いも甚だしい」
「・・・・貴方にはわからないでしょうね。大切な者を亡くす痛みなど」
反論を言われたお母様は俺を睨みながら、大切な存在を無くす痛みを理解できないだろうと言っているが、そんなものお母様よりも知っている
「わかりますよ。俺の母も祖母も、親戚も、友人もみんな、人ならざるモノに殺されているのでね。貴女方以上にその痛みはわかります」
予想外の返答を聞いた二人の憎しみと怒りがこもっていた瞳からそれが薄まるのを感じた
「・・・・先生、タクシーが来ました」
虎井君のお母様とお祖母様から責任を押し付けられそうになっている所に鬼一が呼んだタクシーが到着する
「・・・私と鬼一はこれで失礼します。行くよ、鬼一」
「はい」
「どちらまで?」
「野沢温泉までお願いします」
タクシーへ乗り込んだ俺は運転手へ目的地を言うと、ゆっくりと発車する。
俺は念の為、虎井家の玄関の方へ視線を移すが、俺と鬼一を見送る姿はなかった
【日本の怨霊百選 その二】
《名前》
崇徳天皇
《詳細》
日本の第75代天皇。
平安時代末期の1156年(保元元年)に貴族の内部抗争である保元の乱で後白河天皇に敗れ、讃岐に配流後は讃岐院とも呼ばれた。
近世の文学作品である『雨月物語』『椿説弓張月』などでは怨霊として描かれており、現代においても様々な作品において菅原道真や平将門と並ぶ日本三大怨霊として有名となる。
その一方で後世には、四国全体の守り神であるという伝説も現われるようになる




