三ノ怪:くねくね 前編
・くねくねとは
くねくねは、2003年頃からインターネット上で流布している怪談である。
田や川向こうなどに見える白色または黒色のくねくね動く存在であり、その正体を見た者は精神に異常をきたす、とされている。
インターネット上では、くねくねの正体は農村部の土着信仰の神や古来伝わる妖怪と関連付ける説や、ドッペルゲンガーの一種とする説、熱中症による幻覚説など、様々な説が挙げられている
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1870年
「どうか、どうか私をお許しください」
政府の指示により、先祖代々、祀り崇めていた神社を取り壊し、この土地に屋敷を建てることとなった。
子供の時から拝んできた神社が今日無くなる。
私はただただ壊されていく社殿を涙を流しながら見守ることしかできなかった
「守りきれなかった罰はどうかこの私のみに。どうか、どうか」
2025年8月1日
夏休みを利用した実家への帰郷は正解だと感じられた。
私こと虎井龍太は東京の早稲田大学の学生で、東京の猛暑熱波に耐えることができずに実家のある長野県へ帰郷の名目で避難してきていた。
長野といっても、長野市ではなく、飯山市に実家があるため、夏でも比較的に涼しい。
東京駅から飯山駅まで北陸新幹線に乗り、そこから電車とバスに二時間ほど揺られながらの帰郷となるため、実家へ到着したのが15時となってしまった
「ただいま」
実家に帰ると、母と祖母、そして、普段は神奈川県に住んでいる母の妹である叔母さんとその旦那さんの叔父、その二人の子供の智君の五名が出迎えてくれた。
父に関しては自分が小さい頃に亡くなっており、記憶もあまり無い
「智君、久しぶり!何歳になったんだい?」
「龍太兄ちゃん!僕ね、10才になったんだ!」
「10才ってことは小学四年生だね。成長したなぁ。学校は楽しいかい?」
「うん!!友達もいっぱいいるよ!」
「それは良かった。ん?麦わら帽子をかぶってるけど、何処かにお出掛けかな?」
「うん!!神社でお祭りをやってるみたいなんだ!そうだ、龍太兄ちゃんも一緒に行こう!!」
正直、寝不足と新幹線、電車、バスの乗り継ぎでくたくたに疲れ切っていたのだが、従兄弟の智君の頼みであっては断るわけにはいかない。
それに、早稲田大学で民俗学を学んでいる身としては、こういった田舎のお祭りにも興味がある
「勿論、良いよ。一緒に行こうか。どこの神社だい?」
「何とかって神社!!」
智君はまだ小学四年生、神社の名称を覚えるには早かったらしく、今から行く神社がわからなかったが、母から教えてもらい、自分も子供の頃、遊びに行ったことのある神社だと判明した
「E神社なら、田んぼを突っ切れば近道だ。智君、行こうか?」
「うん!!」
智君の両親の叔父さんと叔母さんから申し訳なさそうに謝られ、尚且つお金を渡してきたが、私はそれを断り、自分の財布から出すので大丈夫だと伝えた
「龍太兄ちゃん、早く行こう!!」
玄関の方から智君の急かす声が響き、私も玄関へと向かった。
立っている智君は今の時代に似つかわしくない格好をしており、頭には麦わら帽子、手には虫取り網、肩には虫取り籠、そして、首には双眼鏡をぶら下げている。
靴を履いた私は智君と手を繋ぎながら横並びに歩き、道中、ずっとゲームや漫画の話で盛り上がってしまった。
そして、いつのまにか祭りのあるE神社へ近道の田んぼが見えてきたため、田んぼの畦道へ入る
「龍太兄ちゃん」
「ん?どうした、智君?」
「あれなんだろう?」
智君は田んぼの方向を指を差す。
自分も智君の指が示す方向へ視線を向けると、遠くの田んぼのど真ん中に何か白いモノがくねくねと揺れている
「何だろうね?案山子かな?」
「ぼく、双眼鏡があるから見てみるね!」
智君は首にぶら下げている双眼鏡を覗き、遠くでくねくねしている白い何かの正体を確認する
「あ」
「智君、あれは何だった?やっぱり案山子?」
「・・・・・」
あの白いモノの正体を智君へ尋ねるが反応しない
「智君?」
「あレは見ちゃDAめナもノ」
智君が発言する言葉が何処か変に聞こえる
「さ、智君?」
「あレは見ちゃDAめナもノ」
智君は先と同じ言葉を紡ぐがよくよく見ると小さな身体が震えており、顔が真っ青になっている
「智君!!」
異変を感じた私はすぐさま智君の手から双眼鏡を奪い取り、智君の肩を揺らす
「智君!智君!!」
「あレは見ちゃDAめナもノ」
話が噛み合わないがそんなことを気にしている場合ではない。
私は一生懸命、智君の肩を揺らすが、智君の目は焦点すら合っていない
「お前たち!!!」
遠くから声が聞こえる。
確認すると、農作業をしている途中だったのかタオルを首に掛けているお爺さんが血相を変えてこちらへ走ってくる
「お前たち、あれを見たのか!!」
「わ、私は遠目でしか見てませんが、智君が・・・」
お爺さんは慌てながら智君の肩を揺らす
「おい、ぼうず!!気をしっかり持て!!しっかりするんだ!!!」
「あレは見ちゃDAめナもノ」
「くっ・・・」
「お、お爺さん、あれはいったい?」
「見るな!!見ちゃいかん!!!」
私は返事のしない智君から視線を外し、遠くの田んぼに立っている白いナニカを見ようとすると、お爺さんから怒鳴られてしまった
「あれは見てはいけないモノだ。お前さん、名前は?」
「虎井龍太と申します。この子は従兄弟の智君です」
「何ということだ。まだ終わってないのか・・・」
お爺さんは私の名前を聞いた瞬間、更に顔を真っ青にさせ、何かを呟いている
「あ、あの・・・」
「龍太と言ったな?あれは見ちゃいかん。現れたら下を向くんだ。良いな?」
「は、はい・・・」
お爺さんが何を言っているのか理解はできないが、有無を言わさんという気迫に負け、とりあえず頷く
「儂が家に送ってやる。家に帰るまでは下を向いているんだぞ、良いな?」
「はい」
田んぼの端に停められている車に乗せられた私はお爺さんの言う通り、家に帰るまで下を見続ける。
だが、隣に座らせられた智君は下を向くことはなく、永遠に『あレは見ちゃDAめナもノ』と言い続けている
「お爺さん、あれはいったい何なんですか?」
「儂には何も見えんのだ。見えているのは御主らたちのみ」
私の質問に答えてくれたお爺さんだったが、その後、何を聞いても『知らん』の一点張り。
無駄だと理解した私はお爺さんに質問するのを止め、家に着くまで下を見つめ続けた
「着いたぞ。家の者に事情を説明してくるから、少し待っててくれ」
「は、はい」
お爺さんはそう言い残し車を降りる。
私は下を見続けているため、外が見えないが、声から察するに母と祖母、叔母さんがお爺さんと話しているようだ。
だが、最初は普通のやり取りをしていたのだが、急に叔母さんが泣き始めたのか、泣き声が聞こえてくる
「待たせたな。降りて大丈夫だ」
車の扉を開けられ、私は自分の足で車を降りると、母と祖母に強く抱きしめられた。
だが、自分の足で降りられない智君は泣き続けている叔母さんに抱き締められながら降ろされるのを私はただ見守ることしか出来なかった。
狂ってしまった智君を寝室に寝かし、祖母はどこかへ電話している
「龍太、朝になったらここを出るわ。それまでの辛抱よ」
「母さん、智君が見たのはいったい何なの?」
「母さんにもわからないわ。ただ、わかるのは龍太、あんたの身にも危険が迫っていること。大丈夫だから、ここを離れれば大丈夫だから」
どこかへの電話を終えた祖母は数珠を握りしめながらお経を唱えており、母は私を強く強く守るように抱きしめる。
ここにいない叔母さん夫婦は智君を寝かしている寝室に篭っており、時々叔母さんの泣き声と智君の『あレは見ちゃDAめナもノ』という言葉がこちらへ聞こえてくる。
その言葉が耳に残っているせいなのかわからないが、眠りについた後も、眠っている耳元で『あレは見ちゃDAめナもノ』と言われたような気がして、幾度となく跳ね起き、その度に母から抱き締められた。
朝になり、寝不足気味の眼を擦りながら、母と共に近所のおじさんが運転する車に揺られながら飯山駅へと向かい、母に見送られながら東京行きの新幹線に乗った。
一方、智君は朝になっても状態は回復せず、昨日のまま、同じことを口に出し続けているらしい。
新幹線が出発し、ここならもう安全だと、自分に言い聞かせた瞬間、新幹線の窓からそれが遠くに見えた
「一瞬、あの白いくねくねしたモノが手招きしていたような?やっぱり私も狙われているんだ・・・」
それを考えた瞬間、血の気が引くのを感じ、窓の日除けを下ろす
「私も智君みたいになるのか?そうだ、確か・・」
私が通っている早稲田大学の教授に妖怪や怪異専門の教授がいる
「京坂教授なら何か知っているかも。今日は日曜日、明日なら大学にいるはずだ。智君のことも含め、教授に相談しよう」




