第93話 「見事な戦いだったよお、ポーターくぅん」
「はあっ……はあっ……。な、なんとか勝った……」
肩で息をするポーターの足元に、ゴブリンの死体が倒れている。
ポーターが自分の手でモンスターを倒したのは初めての経験だった。
ナイフを握る手がぷるぷる震えて、指が張り付いてしまったかのように剥がせない。
「いいねえ、いいねえ、見事な戦いだったよお、ポーターくぅん」
「ひいっ!?」
そんなところに半透明の人面がそっと伸びてくるのだから、たまったものではない。
ポーターは半狂乱でナイフを振り回したが、人面はすっすっと立体的に動いて見事にかわした。まるで鎌首をもたげた大蛇じみた動きだった。
「ちょっとキッポン! 驚かせたらダメでしょ。ほら、ポーター君、落ち着いて。水でも飲んで」
「は、はい……」
リーフから受け取った水筒を呷る。冷たい水が喉を通って、ようやく動悸が落ち着いてくる。まだ右手にナイフを握りしめていたことに気が付いた。二三度失敗して、ようやく腰の鞘に収まった。
「驚かせるつもりはなかったんだけどなあ」
「ポーター君って、あんまり実戦経験ない感じでしょ。あたしもそうだったけど、狩りのあとって気分が昂ぶって、ちょっとしたことにも敏感になるのよ」
「へえ~、そういうものかあ」
そういうものなのだが、人面スライムがねっとり囁いてくるのは「ちょっとしたこと」ではないとポーターは思った。
「あの、そもそも荷物持ちとして雇っていますからね。戦闘をさせるのはちょっと……」
もっとも常識人であろうキュティが口を挟んだ。
一応はポーターを気遣う気持ちもあるのだが、大半はもし死なせてしまった場合の心配である。通常、冒険者パーティで戦闘に加わらない荷物持ちが真っ先に死ぬことはない。もしポーターが死んで、他のメンバーがのこのこ生きて帰ったら、報酬惜しさに殺したのではないかと疑われるのだ。
「えっ、ダメなの?」
「契約次第ですから、一概にダメというわけではありませんが……」
まさかポーターの目の前で「殺人の嫌疑をかけられたくないからダメです」とは言いにくい。キュティが言葉に詰まっていると、
「ポーターくぅん、きみはどうしたいのかな? やっぱり男として生まれたからには、俺TUEEEで無双ざまあでチーレムしたいよねえ?」
「へ?」
「たぶん、男だったら前に出て戦いたいんじゃないかって聞かれてるんだと思うよ」
キッポンの意味不明な発言をリーフが翻訳した。
正確に理解できているわけではないが、意図は汲めるようになってきたのだ。慣れとは恐ろしいものである。
「ぼ、ぼくは……」
ポーターは拳を固く握りしめ、体を震わせながら、
「た、戦いたいです……」
絞り出すように、その言葉を声にした。
「いいねえ、男だねえ、勇気があるねえ。ポーターくぅん。きみこそが真の勇者だよお」
「あ、ありがとうございます……」
勇気などではない。
ここで戦いたくないと言ったら、すぐにでも邪神の贄にされるのではないか。
そういう恐怖が口にさせた言葉であった。




