第92話 「行け、ポーター君! きみに決めた!」
(うふふ、初めてのダンジョンだあ。やっぱり天然の洞窟とはぜんぜん違うなあ)
ポーターの心が恐怖に染まっていたそのとき、そんなことなど一ミリも想像していないキッポンは上機嫌だった。
(天井がぼんやり明るいのはなんでかなあ。やっぱり魔法の力かな? それとも超古代の科学? 生物系の可能性もあるよなあ。定番のヒカリゴケは見当たらないけど、発光性の微生物がいたりして。お、そうだ。食べたら進化するかもしれないな。光のスライム……うんうん、悪くないぞ)
そして天井に触手を伸ばし、舌で舐めるようにずるりと撫でる。
残念ながら微生物は存在しなかったが、こんな風に調べるだけでも楽しくてしょうがない。
(な、なんで天井をいきなり舐めたんだ……? もしかして、食欲が抑えきれなくなっているのか……?)
だが、その程度の何気ない奇行にさえ震え上がるのがポーターである。
いっそ逃げ出したくなってくるが、生贄にされると決まったわけではない。むしろ逃げ出したことで怒りに触れ、生贄が確定するかもしれない。そう思うと、ただ荷物持ちの仕事に集中する以外の選択肢がなかった。
「ちょっとキッポン、なんで天井なんか舐めてんの?」
「舐めたら光ってる理由がわかるかなあって」
「わかったの?」
「わからなかった」
「ダメじゃん」
「ダメだねえ」
ギャハハハ、と笑い声。
この頃はリーフもすっかり慣れてきて、この程度の奇行には狼狽えなくなっていた。よい変化なのか悪い変化なのかの判断は読者諸賢にお任せしよう。
(エルフも魅入られてしまっているんだろうか……。そういえばエルフの守神とか言っていたな。ケンジーヤとかいうのもかなり様子がおかしかったし、気を許せないな……)
キッポンはエルフが祀る邪神なのではないか、ポーターの中でそんな疑惑が形を取りつつある。
(そうだ、ダークエルフっていう種族がいるらしいじゃないか。神々の大戦で闇の側についた邪悪な種族。肌の色が黒いらしいけど、そんなものは魔術でも薬でもいくらでもごまかしがきくだろうし)
ポーターは想像する。ダークエルフの里を。
そこにはキッポンのようなスライムがそこかしこで這い回り、肌の黒いエルフたちが謎の祭儀を連日連夜おこなっているのだ。
なお、この想像は当たらずとも遠からずである。エルフ村にはマザーがいるし、そこからほど近いフォレストサイドはキッポンズの巣窟と化している。事情を知らぬ者が見れば淫祠邪教の都と思われても仕方がないだろう。
「おっ、何か来るぞ」
「ひゃいっ!?」
キッポンの言葉に、ポーターは思わず情けない悲鳴を上げる。
「ゴブリンが三匹。行け、ポーター君! きみに決めた!」
「ひゃっ、ひゃい! って、えっ!? 僕ですか!?」
キッポンの触手に捕まり、ポーターは強制的に最前列に移動させられた。
そして背中から荷物が剥ぎ取られる。
「荷物は預かったから余計な心配をする必要はないぞ! さあ、きみの真の実力を見せるときだっ!」
「えええええええっ!?」
ポーターはわたわたしながら、護身用のナイフを引き抜いた。




