第86話 「おいおい、なんか飛んでくるぞ……?」
叡智の塔。
それは直径約20キロメートルの巨大な塔である。高さは不明で、最上層はたどり着いた者どころか観測できた者すらいない。到底人間業とは思えぬ建造物であり、神々の遺産だとも、いや神が生まれる以前、世界創世から存在したのだと考える者もいる。
塔の存在それ自体が格好の研究対象であり、世界中から学者が集まった。
そして自然発生的に生まれた学園都市国家が「叡智の塔」である。
人々が住んでいるのは主に一層と外縁で、二層以上に定住する者はほとんどいない。
その理由についてはおいおい説明しよう。
叡智の塔は大陸の南西、ドヴェルグ工匠国から一ヶ月以上かかる位置にある。
キッポン一行はその道のりを地道に進んだ――わけもなく。
「おっ、見えてきたよ。あのめっちゃ長い塔が叡智の塔じゃない?」
「うーん、あたしの目じゃ線にしか見えないなあ」
「むにゃむにゃ……はっ!? 小生としたことがついうとうとと。はい、地形から察するにいまはシメットル湿原の上空ですから……塔まではあと50キロ前後かと思います」
「じゃあ、あと小一時間ぐらいだね」
キッポンは体を巨大なエイのように変形させ、大空を滑空していた。
リーフとキュティはそこからミノムシのようにぶら下がっている。行きの気球と同じくキッポンの粘体に包まれており、寒さ対策もばっちりだ。むしろぽかぽかして眠気を誘うほどである。
白黒大戦を終えたキッポンたちは、浮遊大陸から直接叡智の塔へ向かったのだ。その手段は当初の降下予定通りパラグライダー方式である。
無動力でそんな遠くまで飛べるものかと疑問に思うかもしれないが、パラグライダーの最長連続飛行記録は609.9キロメートル。じつに東京から青森までひとっ飛びの計算だ。もっとも時速は60キロメートルほどであり、飛行機に比べればのんびりした旅路ではある。
とはいえ、
「おいおい、なんか飛んでくるぞ……?」
「バカでかいエイ……? あんなモンスター聞いたことがないぞ!?」
「警報! 警報鳴らせ! 遠距離攻撃手段がある者をかき集めろ!」
それが飛来する地上の方はのんびりというわけにはいかない。
上空から迫りくる巨大謎モンスターに、叡智の塔は緊急迎撃体制を取っていた。
「まだ撃つなよ! 射程内まで引きつけてからだ!」
「ひっ、ひいいい! 来るなーーーー!」
「バカモン! いま撃ったやつは誰だ!! バカっ! つられて撃つな!」
地上からびゅんびゅんと魔法が飛んでくる。
炎、氷、石弾などなどバリエーションは様々で、ちょっとしたスターマインのようになっている。
「わあ、キレイだなあ」
「キレイだねえ」
「キレイですねえ……って、呑気に眺めてる場合じゃないですよ!? 一旦退避しましょう!」
「おお、それはそうだね」
キッポンは皮膜を調整して旋回。
手近な森の中に飛び込んだ。
平地や街道に降りなかったのは、着地を目撃されると「空から襲撃したあのモンスター」として警戒されてしまうと思ったからだ。
「無事着地、っと。おつかれさまー」
「あー、なんか疲れたー」
「ひさびさの地面という気がします」
地上についたリーフとキュティがうーんと伸びをする。
いかに快適だったとはいえ、長時間のフライトは疲れるものだ。
一行は森の中で軽く一休みして、それから叡智の塔へと向かった。




