第75話 「儂、しゃべるスライムとか初めて見たんじゃが。こわ……」
「銀の鱗よ、原郷への道を開け!」
イムギが合言葉を唱えると、神殿の石壁が水面になったかのように波紋が広がった。白い大理石が水銀のように輝き、波打つ。
「じいちゃ……ドラゴンたちは、この『門』の向こう――竜界にいるよ。本当に行くんだね? 強大なドラゴンが何百といるんだからね?」
「うん! 行く行く! これって異界へのゲート的なやつ?」
「偽陽界から戻ってきたときのにそっくりだね」
「ドラゴンも異界に住んでいるのでしょうか?」
「えっ?」
今度こそ驚き、怯むだろうと思っていたイムギ。
だが、一行はまったく動じていなかった。リーフが言った通り、すでに異界と行き来した経験があるためである。描写はさくっと省略したが、スモスモ族の森からこの世界に帰ってきたとき、この何倍もの規模のゲートを通っているのだ。
(本当に何なの、この人たち……。で、でも、じいちゃんならきっと何とかしてくれるはず! 平然としていられるのも今のうちだからね!)
イムギがゲートを潜り、キッポンたちもそれに続いた。
「おおー、ここがドラゴンの世界!」
そこに広がっていたのは、蒼穹に無数の浮遊島が漂う光景だった。それらの間を塗って、巨大なドラゴンが何百も羽ばたいている。
ゲートを出た先はその島々のひとつらしい。神殿のあった浮遊大陸よりも小さいらしく、崖の縁が見えていた。
「どうしたイムギよ。お主には留守番を頼んだはず。……ん? 一緒におるのは何じゃ?」
真上から重く低い声が響き、風が叩きつけてくる。
真珠のような質感の鱗を持つ巨大なドラゴンが舞い降りてきたのだ。
頭高は20メートルほど。眉間にチェーン付きの丸い眼鏡を乗せている。
「じいちゃん! えっとこいつらは……」
「俺はキッポン! ぷるぷる、ぼくはわるいスライムじゃないよ」
「なんじゃこいつ……」
たじろぎもせず自己紹介をするスライムに、白竜が怪訝な顔をする。
ドラゴンと対峙した者は基本的に怯えるか、あるいは虚勢を張るものだ。しかし、このスライムにはそんな様子が一切ない。そして何より――
「儂、しゃべるスライムとか初めて見たんじゃが。こわ……」
「えっ!? じいちゃんでも見たことないの!?」
「聞いたこともないわい。あっ、さてはドッキリじゃな。誰かが腹話術でもしとるんじゃろ?」
「ぷるぷる、腹話術なんかしてないよ!」
「こわ……」
腹話術を疑った白竜だが、改めて確認してもそんな様子はない。
声は間違いなくこのやけに大きいスライムから発せられているし、魔術で細工をしている痕跡も見られなかった。
「そんなことよりさ、こっちは名乗ったんだけど。ホワイトドラゴンさんは何て名前なの?」
「う、うむ。儂はパイロンという。……まさかスライムに自己紹介する日が来るとは思わなんだのう」
パイロンは遠い目をして、自らの名を名乗った。




