第72話 スライム、浮遊大陸に降り立つ
「うわあ、すごい。畑も馬車もおもちゃみたい」
「人間なんてもはや点ですね……」
触手で吊り下げられたリーフとキュティは、遥か眼下の景色を見下ろしていた。
街道は一本の細い線となり、ドヴェルグ工匠国を腹に収めた岩山もちっぽけな石塊に見える。その門を飾る巨大な彫像さえ、アメリカが彫ったフィギュアのようだ。
高度はまだまだ上がっていく。
2000メートル、3000メートル……やがて1万メートルを突破し、もはや視線の上に雲は一欠片もなく、ただただ薄青の空漠が広がっている。
「くしゅん! ここまで来ると風を防いでも冷えてくるね」
わずか数十分で1万メートルもの高空に上がれば、普通なら急性の高山病で失神しているところだ。しかし、そこは異世界である。リーフが「なんかこれやばそう」と風魔法を展開し、強風や急激な減圧から身を守っていた。
「あ、ごめんごめん。寒かった?」
「うわああああっ!?」
「きゃああああっ!?」
キッポンがぐにゅりと触手を変形させ、リーフとキュティの顔面以外をすっぽり包み込み、さらに細胞を振動させて発熱させた。
「あ、あったかいけど、なんかキモい……」
「服を来たままお風呂に浸かったような感じがします……」
なんとも言えない感触に、二人が微妙な表情を浮かべていると、
「お、アレかな? 浮遊大陸ってやつ」
キッポンが東の空を指す。
そちらに目を凝らすと、遥か遠くの雲海の果てに小さな点がぽつんと浮いているのが見えた。
「よく見えないけど、雲の上に浮いてるものなんて浮遊大陸くらいしかないんじゃないの?」
「予測された位置とはほぼ一致しますね」
浮遊大陸は特定の地域の上空に留まっているわけではない。
惑星のように複雑な軌道を描きながら、世界の空を放浪しているのである。
しかし、ランダムに動いているわけではない。
一定の法則があり、叡智の塔ではその解析も進んでいる。
そのため、キュティは浮遊大陸が近づいていることを予測できたのだ。
「どれどれ、どんなタイプの浮遊大陸なのかな」
キッポンはわくわくしながら望遠用の眼球を作り出す。
見えてきたのは緑の平原に立つ白亜の神殿だ。比較対象がないせいでわかりにくいが、浮遊大陸の直径を10キロメートルと仮定すると、幅3キロメートル、高さ1キロメートルはありそうな超巨大建造物である。大陸の下部は岩肌がむき出しになっており、おおまかには平らな面を上にした半球形をしている。
「ほほう、神殿タイプか。なんで異世界の神殿っていつも古代ローマ風なんだろうね。っていうか、大陸っていうわりに小さいなあ。やっぱり浮遊島だと迫力が出ないから、浮遊大陸って名付けるのかなあ」
そんなどうでもよいことを呟いているうちに、浮遊大陸が近づいてきた。
キッポンは触手のアンカーを打ち込んで、神殿の前に着陸する。
「これが浮遊大陸かあ。あのめちゃくちゃでかい神殿、誰か住んでるのかな?」
「石材はどこから運んできたのでしょうか。地上からわざわざ運んできた? あるいは、もともと浮遊大陸は浮いていなかったとか……」
リーフとキュティがそれぞれに感想を漏らしているが、キッポンの興味はとにかくドラゴンである。
レーダーモードで起動して気配を探ろうとした、そのとき。
「誰か来たんですかー? ひいっ!? タ、タコの化物っ!?」
神殿の中から、悲鳴が聞こえてきた。




