第71話 スライム、空を飛ぶ
数日後、キッポンたちはドヴェルグ工匠国の外側、岩山の頂上付近の岩棚にいた。
「よーし、組み立て完了したぜ」
「おおー」
ボリングが額の汗を拭い、キッポンとリーフが歓声を上げる。
一行が見上げているのは巨大なH型の水槽で、Hの縦の部分には金属の棒が刺さっている。
「で、これでどうすんの?」
「まあ見てなって」
リーフに問われたキッポンが、Hの片方に取り付き、上端を身体でふさいだ。
「じゃあキュティ、打ち合わせどおりよろしくー」
「はっ、はい!」
キュティは魔杖を握りしめ、足元の装置に雷魔法を放つ。
一瞬で強力な稲妻を放つようなものではなく、弱い電撃を継続的に放つ術式だ。そんなものを求められたことはないので、ボリングが装置を作る数日で新たに組み上げた術式だった。
「いやあ、ほんの数日で新しい魔法を作っちゃうなんて、キュティもすごいよね。さすがは宮廷魔導師!」
「あ、ありがとうございま、す……」
キッポンに褒められ、思わず喜んでしまいそうになるが、
(ああー! 小生のバカバカバカバカっ! 冷静に考えてみたら、術式の作成に手間取ってるふりだってできたじゃないですかっ!)
と我に返る。
昔から研究に夢中になると他のことが見えなくなってしまうのだ。
「こんなものに雷を走らせてどうすんの?」
「まあ見てなって。あ、触ると感電して危ないよー」
「えっ、こわっ!?」
装置から伸びる線をつま先で突こうとしていたリーフが慌てて後ずさる。
電線、である。
銅線をキッポンの分泌液で被覆しており絶縁はしているのだが、万が一ということもある。近寄らないに越したことはない。
「お、見て見て。始まったよ」
水槽内部の金属棒から、ぽこぽこと泡が発生する。
電気分解である。
そしてキッポンがふさいでいるのは陰極側。
その体を風船のように膨らませ、水素を溜めていく。
「水に雷を流すと空気になるって、最初は何言ってやがんだと思ったけどな」
ボリングが腕組みをしてその光景を睨んでいる。
雷魔術と言えば天の稲妻を再現するものであり、威力の向上のみが目指されてきた。キッポンの前世では中学で習う電気分解だが、この世界ではまったく新しいアプローチの発想だったのである。
(よしよし、ガス漏れはしてないみたいだな)
身体に水素を溜めながら、キッポンは調子を確認している。
水素分子は非常に小さく、ちょっとやそっとの気密ではすり抜けてしまう。ペットボトルの水素水は健康効果うんぬん以前に水素がほとんど抜けていた、なんて話をキッポンは聞いたおぼえがあった。
その二の舞にならないよう、工夫をこらした。
飛行船ツェッペリン号の気嚢はゴールドビータース・スキンという牛の盲腸の外膜が素材となっていた。コラーゲン線維を高密度に絡み合わせたこの素材は伸縮性と気密性を併せ持ち、水素さえ通さない。これにより、ツェッペリン号は世界一周という偉業を果たしたのだ。
ドキュメンタリー番組で得た雑学を思い出したキッポンは、毎日スジ煮込みを品切れになるまで食べて体内で大量のコラーゲンを合成。水素を通さない気嚢の再現に見事成功したのである。
「というわけで、しゅっぱーつ!」
「ひゃあああああああっ!?」
「きゃあああああああっ!?」
十分な水素を溜めてキッポンは、リーフとキュティを触手で絡め取ると大空に向けて飛び立った。
その姿はさながら飛行する巨大タコであり、地上から目撃した人々の間で謎の飛行魔獣が人間を攫ったという噂になって、たいそう恐れられたという。




