第69話 スライム、魔術やめるってよ
「魔術修行? あ、やめたやめた。ちょっと向いてないかなーって思って」
「は?」
翌日、宿屋の食堂であっさりと告げるキッポンに、キュティは思わず間抜けな声を漏らした。
キッポンの魔術修行を妨害すべく、またしても徹夜で作戦を考えていたのである。間違った修行をさせるもの、気を逸らすためのものなど、あらん限りの知恵を絞ったのだが、それがあっさり台無しになったのだ。
……いや、魔術の習得をさせないのが目的なのだから、台無しどころか目標は達成できているのだが。
「えー、じゃあなんでわざわざここまで来たのよ」
「っ!?」
唇を尖らせるのはリーフである。
旅が嫌いなわけではないし、ドヴェルグ工匠国でも観光を楽しんでいるのだが、言い出しっぺが手のひらを返したらもちろん気分はよくない。
しかし、キュティにとっては「余計なことを言うな」である。これでまたキッポンの気が変わって、魔術修行を始めようとしたらどうしてくれるのか。
「いやー、実はさ。やっぱり俺に魔術とかキャラじゃないかなあって」
キッポンは、手にした石材をちまちま削りながら言う。本人的にはカッコいいドラゴンを彫っているつもりなのだが、キュティたちには正体不明の謎のオブジェにしか見えない。おおよそのラインから、たぶん生物だろうと当たりをつけるのがせいぜいだ。
「きゃら? 何それ? ま、別にいいんだけどさ」
いい加減な理由にリーフが呆れるが、本当のことを言えば、アメリカの影響である。
アメリカはマナイーターといういかにも魔術が使えそうな種族だが、こちらで自我に目覚めてから数十年(ほとんど地中にいたのでキッポンと同じく時間感覚は当てにならないが)、いくら魔術の修行をしてもそれらしいことは出来なかったという。
キッポンは「魔石をたくさん食べればあっさり魔術が覚えられたりして」なんてことも考えていたのだが、魔石を専門に食べるアメリカがダメだったのだ。そちらの可能性も諦めている。
ちなみに、なぜアメリカが魔石鉱山に湧いたのかと言えば、地殻変動で生じたマグマの急流に押し流されたせいらしい。別に黒幕などどこにも存在しなかったということで、魔石の採掘は再開され、ドヴェルグ工匠国の警戒態勢も解除されていた。
そして、アメリカは坑道の隅で大人しくフィギュア作りに夢中になっているので、みんな見なかったことにしている。触らぬ神に祟りなしである。
「じゃあ、次はどうすんの? 観光したら帰る?」
「うーん……」
とはいえ、収穫ゼロで帰るのも癪である。
キッポンは唸りながら、テーブルに彫りかけのフィギュアをとんと置いた。もちろん、思わせぶりに唸っているだけでノーアイデアだ。
「ところで、それは何を彫ってんの?」
「えっ、ドラゴンだけど」
「ドラゴン???」
リーフの目に映るのは、冒涜的な比率の曲線で構成された四次元的な何かでしかない。見ているだけで目眩がしてきそうだ。というか、実際してくる。もし日本に持ち帰ることが出来たら、新手の前衛アートとして評価されるかもしれない。SCPに登録される可能性も高いが。
「あ、もしかして、こっちの世界にドラゴンっていないのかな? でっかいトカゲに翼が生えてるようなやつ」
「それはいるけど……」
どう考えても、目の前のオブジェとは一致しないのである。
というか、ドラゴンという概念が存在しているからキッポンは「ドラゴン」という単語を使えたわけだが、コロッセレギアの王城のタペストリーなどで見ていたことはすっかり忘れているらしい。
「やっぱいるんだよね! ねえねえ、それってどこにいるの?」
「えぇ……、あたしは知らないって。ってゆうか、誰も知らないんじゃないの」
ドラゴンの棲家は深山や深海など、人跡未踏の秘境にあると言われている。だが、確かめた者がいるわけでもなく、噂や伝説の域を出ないのだ。どこに行けば会えるかなど、簡単に答えられるものではなかった。
しかし、この話題にキュティが口を出す。
「いえ、一箇所だけ確実にドラゴンがいる場所がありますよ」
「えっ、どこどこ?」
目を輝かせるキッポンに、キュティは人差し指を立てて天に向ける。
「浮遊大陸です」




