第64話 キュティ、不穏な予感に震える
(転生者の可能性は消えた……と。うん、これは失敗じゃない。上手くいかない方法をひとつ見つけたという成功なんだ)
どこまでも前向きなキッポンである。
次にやることを思いついて、さっそく試すことにする。
触手をにゅるりと伸ばし、マナイーターに接触させた。
(スライムと言えば合成……合体……。ゲームだと定番だよね!)
考えてみれば、この世界に来てから分裂しかしてこなかった。
魔物の進化といえば、合体がお約束だ。
マナイーターと合体することで、俺は次のステージに進めるかもしれない。
(あれ? でもゲームだと合体がメジャーなのに、ラノベではあんまり見ないのはなんでだっけ?)
疑問に思ったキッポンは、前世でSNSにそれを投稿したことがある。
プチバズりして、ちょっとした盛り上がりを見せたことを思い出した。
大した規模ではなかったが、フォロー数4桁、フォロワー数2桁のキッポンにとって、数少ない栄光の記憶である。
(ええっと、あのときは確か、野生の有識者が――)
――ゲームでは強力な魔物と「合体」して進化することが多いが、ラノベでは少ない。これは媒体特性の違いだろう。ゲームならプレイヤーが常にメタ視点で操作するから問題ない。だが、ラノベの場合、合体によって人格が変わってしまうと、主人公のキャラクター性が保てなくなってしまう。主人公を軸に、共感によって没入感を得るラノベでは――
「うおっ!!」
キッポンは慌てて触手を引いた。
もし合体してしまったら、自分が自分でなくなる可能性に気づいたからだ。
「どっ、どうしたんですか!?」
いつになくうろたえるキッポンに、キュティも狼狽する。
「いや、危うく取り込まれるところだったからさ……」
「と、取り込まれる!?」
聞き流せることではない。
意思疎通の出来ない野生のスライムが、キッポンの力を取り込んだらどうなってしまうのか。いや、このマナイーターはそもそも本当にただのスライムなのだろうか? ボリングの話では、不自然に発生したらしい。だから、他国や競合する商会の犯行なのではないかと疑っているわけだが――
(もしや、魔神王のように、異界からの侵略者が放った尖兵なのでは!?)
全身の血が冷たくなる。
これは一大事なんてものではない。
「ききき、キッポン殿……? こ、ここは一度撤退しませんか?」
「ん? なんで?」
「い、いえ。そろそろお昼の時間かなあと思いまして。お、お腹が空いてきちゃったなあ、な、なんて……」
「あれ、もうそんな時間? ごめんごめん、気付かなくって。この身体ってお腹が空かないからさあ」
「こ、この身体……」
まるで本来の身体ではないような口ぶり。
スライムの肉体は仮初のものであり、本当の肉体が他にあるのだろうか。
(だ、ダメだ。結論が導けません。不確定要素が多すぎます……)
震えるキュティに、様子がおかしいことを察したボリングが小声で話しかける。
「おい、どうした。らしくねえぞ。こういう実験は飯抜きだろうが徹夜だろうが続けたがるやつだったじゃねえか」
「じ、事情はあとで話すから。いまは話を合わせて。お願い……」
「お、おう。わかったぜ」
どうやら深刻な事態らしい。
食事にはまだ早い時間だったが、ボリングは「あー、オレも腹が減っちまったな!」などとうそぶきながら、キュティの提案を了承した。




