第60話 スライム、九九を暗唱する
「だーかーらー、あたしたちはこの国に来たばかりで何にも知らないってば!」
「コロッセに問い合わせていただければ、私たちがいつ出国したか確認が取れるはずです」
キッポンたちは、門の脇にある取調室に連行されていた。
だが、ドワーフたちの取り調べは「お前らがやったことはわかってるんだ。しらばっくれないですべて吐け」的な尋問が一方的に繰り返されるばかりで、何を疑われているのかすらわからないのだ。
「刑事さん、俺はやってねえんだよぉ。へっ、確かに俺ァはみ出しもんよ。けどよぉ、お天道様に顔向けできねぇようなことはするなって、婆ちゃんとの約束だけは守って生きてんだ。あ、あとカツ丼とか出てこないの?」
キッポンに至っては、何かを訊かれることすらない。仕方がないので部屋の隅で「取り調べをされたら言いたかったセリフ」を好き勝手にしゃべっている。だが、ドワーフたちは険しい顔で斧槍を突きつけたまま一言も発さない。
(いい加減面倒くさくなっちゃったな。全員麻痺させて遊びに行っちゃおうか)
と、キッポンがぼちぼち物騒なことを考え始めたときだった。
「よお、こいつらが例のスライム使いって言う連中か? しゃべるスライムなんて聞いたことねーぞ」
石造りの重い引き戸を開けて、小さな少女が入ってきた。歳の頃は十歳そこそこか。三つ編みにした赤茶けた髪を左右に垂らしている。三白眼で目つきが悪く、ギザ歯に爪楊枝をくわえていた。
「おお、ボリングさん! 待ってました! こいつらなかなか強情でして、知らぬ存ぜぬを決め込んでやがるんですよ」
「何ぃ? そいつぁ剣呑だな。対尋問の訓練を積んでるんだとしたら、どこぞの商会が雇った玄人か何かか……」
ボリングと呼ばれたその少女に、髭もじゃのドワーフ男たちが腰を低くしてお伺いを立てている。
(なんでこんな女の子に大人のドワーフたちがへこへこしてるんだろ? あっ、そうか。女ドワーフはロリキャラな世界観なんだな)
初めこそ疑問に思ったキッポンだが、持ち前のラノベ脳を駆使してこういう結論に辿り着いた。珍しいことに、この推測は的中していた。男は髭モジャのビヤ樽体型に、女は華奢な女児体型のまま成人になるのがこの世界のドワーフだったのだ。
「へえ、こいつが噂のしゃべるスライムか。おら、なんかしゃべってみろ」
「どーも、キッポンです。しゃべるだけじゃなく九九も言えますよ。いんいちがいち、いんにがに……」
突然九九の暗唱を始めたキッポンに、ボリングは片眉を釣り上げる。
「なんだあ、こいつぁ。商家の丁稚にでもなるつもりなのか?」
ドヴェルグ工匠国は比較的教育水準が高い国だが、それでも掛け算がまともにできる者は多くない。
「スライムがしゃべるってだけでも驚きだが……。おい、この芸はお前らが仕込んだのか?」
ボーリングの三白眼が、リーフたちに向けられ、そして丸くなった。
「って、お前、キューティリオンじゃねえか? 自然魔術学科の」
「えっ、もしかして魔導工学学科のボリングですか?」
「うおっ、ひさびさだなあ。卒業以来だから何年ぶりだ?」
「ボリングは変わってないですね。小生なんてまた目が悪くなっちゃって」
二人がわいわいきゃっきゃと盛り上がり始めているのをよそに、
(おお、同窓生との再会イベントか! 魔術修行の旅にこの国を選んだのはどうやら間違いなかったみたいだぞ!)
キッポンは新たなフラグへの期待に胸をときめかせていた。




