第50話 スライム、微塵切りにされる
それは影さえも美しい青年だった。
濡れた鴉羽のような髪、磨き抜いた黒瑪瑙の如き切れ長の瞳。蒸し暑い森の中だと言うのに黒いコートの襟を立て、しかし白蝋のような肌には汗ひとつ浮いていない。その姿は一幅の名画のようで、さりとてこれをキャンバスに残せる画家などいないと確信させる、再現不能、古今未有、冠前絶後の美であった。
はたして人間であれば、老若男女問わずその足元にひざまずきたくなるような、もはや神聖の域に届いた美の化身である。
しかし、だ。
(イケメンって言ったら強キャラがお約束だもんね。悪いけど、何もさせずに仕留めさせてもらおう)
もともとゲーム脳で、おまけにスライムとなったことで美的感覚が人間とはズレているキッポンである。青年の美しさに物怖じすることなど一瞬もなく、彼の座る木にずるりと上って背後からのサイレントキルを狙う。
にゅるりと無音で触手を伸ばし、青年の顔面をぐるりと覆った。
「……ッ!?」
青年の反応は素早かった。
銀閃が走り、キッポンの触手を切断。枝を蹴って空中を駆けるように隣の木へと跳躍する。触手を切断したのも、空中を走ったのも、糸を操っての技である。さらにその刹那の内に糸を振るい、キッポンの身体を巻き付いていた大樹ごと寸刻みに切断。微塵となった破片がぼとぼとと地に落ちる音が静かな森に響いた。
魔神軍第四将、糸繰のセンベイヤー。
その名に恥じぬ絶技である。
が、
(((((斬撃にはめっぽう強いんだよね、俺)))))
バラバラになったキッポンだが、元より分裂上等の生物である。
瞬く間に寄り集まり、元の1トンボディを形成する。
(だけど、そっちにくっつけた方はそのままね)
青年は顔面に張り付いた半透明の緑を掻きむしっているが、変幻自在の粘体である。指は滑り、あるいはすり抜け、顔から引き剥がすことはかなわない。
やがてだらりと両手が下がり、樹上から落下。己の繰った糸に引っかかったのだろうか。宙空に操り人形のごとく吊り下がった。
「糸繰のセンベイヤー……強敵だった……」
と、キッポンが格好つけて呟いた、そのときだった。
ざしゅっ
再びキッポンの身体が両断される。
魔糸の絶技はまだ終わっていなかったのだ。
「「「「「おお? おおおおおっ?」」」」」
一度ではない。二度、三度……十、百。
斬撃の嵐がキッポンを襲い続ける。
「「「「「まさかっ、死んでないのか!?」」」」」
刻まれながら、キッポンは青年を見た。
青年の身体は宙吊りになりながら、その指先は繊細な動きを繰り返している。
そして、声がした。
『僕は魔神軍第四将、糸繰のセンベイヤー。君がドライヴァルを倒したっていうスライム君か。まさかもうこの世界まで攻め込んでくるなんて思ってみなかったよ。大した力を持ってるみたいだけど、この程度で僕を仕留めたつもりになるなんて、さすがに驕りすぎじゃないかな』
張り巡らされた糸が震え、美しいテノールの声が響き渡った。
『ただの斬撃じゃ効果が薄そうだね。それなら、こんなのはどうだろう』
青年の指から紫電が生じ、縦横無尽に走る糸が火花を発した。




