第30話 スライム、王城に乱入する
王城の一角。
一匹の魔物が傲岸に笑いながら、廊下を悠々と進んでいた。
「フハハハハハ! 聖剣とやらはどこだッ! この魔神軍第二将、鋼翼のドライヴァルが直々に貰い受けに来てやったのだ。さっさと差し出さんかッ!」
その姿は大雑把に言えば青銅色の鱗で覆われた大男。鼻面が高く、大きな牙が並ぶ口はワニのよう。背中には皮膜の張った翼が折りたたまれており、一歩ごとに足の蹴爪が石畳を砕く。
「これ以上の勝手はさせんぞ、化け物めッ!」
そこに、横道から飛び出した騎士が打ち掛かる。
騎士が振るった大剣はドライヴァルの顔面を直撃し、見事に両断した。
……ただし、剣の方が。
「くっ、くそおっ!」
「フハハハハ! なかなか良い一撃であったぞ。なに、おんしが悪いのではない。この吾輩が強すぎるのが悪いだけじゃ!」
折れた剣を握った騎士を、太い尾が無造作に吹き飛ばす。
金属鎧が紙細工のようにあっさりひしゃげ、壁に叩きつけられた騎士はぐったりと動かなくなった。
「抵抗は無駄だッ! 聖剣を寄越せば帰ってやると言っておるだろう。大人しく言うことを聞けいッ!」
ドライヴァルがそう叫びながら進んでいくが、降伏する者などいない。
騎士たちが不意打ちを仕掛け、そのたびに返り討ちにあっていく。
ドライヴァルは攻撃を避ける仕草すら見せず、すべてを無防備に受け続けているが、その鱗にはかすり傷すらついていなかった。
「剣が通じないなら、これでどうですかッ!」
紫のローブを身にまとった女が立ちふさがり、ドライヴァルに杖を向ける。
杖の先端がバチバチと紫電をまとい、一際強く光ったかと思うと、巨大な雷球が発生。青い稲妻の奔流がドライヴァルの全身を飲み込んだ。
「最上級雷魔法です……! いくら鋼の鱗で守られていようとも、この直撃を受けて無事なはずが……」
「うん? 何かしたか? ビリっとして肩こりが軽くなった気はするがな」
「嘘でしょう……ッ!?」
黒焦げになった廊下を、ドライヴァルが首をぽきぽき鳴らしながら、変わらぬ歩みで近づいてくる。
宮廷魔導師である彼女の雷魔法は、大陸でも指折りの殺傷力を誇る自負がある。
それがまったく効かないなど、もう何も打つ手が思い浮かばない。
「フハハハハ! 人の身でよくぞここまで技を練った。今の魔術は人界では最高峰なのであろうな。何、悔やむことはないぞ。お主が悪いのではない。吾輩が強すぎるのが悪かっただけじゃ」
ドライヴァルがすぐ目の前まで迫る。
だが、先程の魔術に全霊を込めた彼女は逃げることさえできなかった。
「おんしはこの国でも重鎮の一人と見た。聖剣の隠し場所も知っておろう。どうだ、聖剣を寄越せば命は助けてやるぞ」
「誰がお前なんかに……!」
女がわずかな力を振り絞って唾を吐き、ドライヴァルの頬を汚す。
ドライヴァルは目を細め、にやりと笑うと、
「女ながらに見事な武人ぶりであるッ! 苦しまずに逝かせてやろうッ!」
短剣のような凶悪な鉤爪が並ぶ腕を振り上げ、女に向けて振り下ろそうとした。
そのときだった。
どごぉぉぉぉおおおおおん!!
城の外壁がぶち破られ、飛び込んできた何かがドライヴァルを巻き込む。内側の壁もぶち抜き、広々とした大部屋――謁見の間に転がり込み、柱に激突。柱が折れ、天井の一部が崩れて瓦礫が降り注いだ。
「何じゃあ、突然?」
瓦礫を押しのけ、ドライヴァルが何事もなかったように立ち上がる。
その縦長の瞳孔には、奇妙な闖入者の姿が映っていた。
薄緑色の、半透明の巨大な半球である。
半球はぷるぷる震え、言葉を発した。
「こんにちは。ぷるぷる、ぼくはわるいスライムじゃないよ」
「スライムがしゃべった……じゃと?」
ドライヴァルの首が傾き、ぽきぽきと音を立てた。




