第25話 魔神軍第九将、飛蚤のノミカユイン
土煙の中から現れたのは、直立した昆虫のような姿の怪人だった。
光沢のあるキチン質で覆われた身体は丸みを帯び、太く長い二本の後肢で立っている。二対四本の腕。真っ黒で丸い瞳に、口からは長い牙が伸びている。
「誰だ貴様はッ!」
ネイディが長剣の切っ先を向けるが、昆虫怪人は余裕の態度で「くくく」と笑う。
「俺様は魔神軍第九将、飛蚤のノミカユイン。聖剣の戦乙女よ、てめえの命をもらいに来たぜえ」
「何だとッ!?」
ノミカユインを名乗った怪人が、再び丸い肩を震わせる。
「くくく、何も知らねえってのも哀れだな。優しい俺様が冥土の土産に教えてやろう。そもそも、大人しいはずのバッファロータウロスがてめえの街を襲ったのがおかしいとは思わねえのか?」
「まさかッ、貴様が仕組んだというのか!?」
「そのとおり。それもてめえを殺すためだよ」
「な……なぜ妾を!?」
「察しの悪いやつだなあ。俺様が『聖剣の戦乙女』なんてめんどくせえ呼び方をわざわざ繰り返したのはなぜだと思う?」
「……まさか、貴様は魔神の眷属か!? まさか魔神の封印が解かれたとでも!?」
「御名答。って、まさかまさかうるせえし、それも遅えよ。真っ先に魔神軍第九将って名乗ったじゃねえか」
ノミカユインがあからさまに肩を竦め、ため息を吐く。
「復活した魔神王様の弱点はコロッセの建国王、トットー・ト・コロッセが振るった聖剣のみ。それを扱う力があるのは当代では第三王女のてめえだけだと聞く。つまり、てめえさえぶっ殺せば魔神王様の天下が確定するって寸法よ」
「そこまで聞いて、すんなり命を奪われる妾と思うてかッ!」
激昂したネイディが、長剣を握る手に力を込める。
刀身が赤く燃え立ち、熱波が空気を焦がす。
「フォレストサイドの民の仇ッ! この灼熱剣プロミネンスの炭としてくれるッ!」
「くっくっく、もちろんすんなり死んでくれるとは思ってねえよ」
ノミカユインが口の端をにやりと歪めた。
そして、灼熱剣プロミネンスがネイディの手からぽとりと落ちる。
「……うっ、なんだ……か、身体が痺れて動かぬ……」
「ネイディ!? 大丈夫!? ……うっ、あたしまで……」
リーフも弓矢を落とし、膝をついた。
「ひゃっはっはっ! ここまで上手くいくとはなあ。間抜けどもが相手だと仕事が楽でいいぜ。いや、魔神軍一の智将ノミカユイン様の頭脳がキレすぎるのがいけねえのかもなあ」
「あ、あたしたちに一体何を……そ、それは……っ!?」
リーフの目が捉えたのは、ノミカユインの足元を跳ねるゴマ粒のような小さな点。
「こいつぁ俺様の眷属のノミどもだ。俺様の意のままに動き、俺様の魔力と組み合わせてどんな毒でも作り出す。痒みも、痛みも、それから麻痺毒もなあ」
悠々と語りながら、ノミカユインがネイディへと近づいていく。
「さあ、王女様はどうやっていたぶり殺してやろうかね。バッファロータウロスみてえに、正気を失う痒みを与えてから、ゆっっっっくり血を吸ってやろうか?」
「……バッファロータウロスも……そうやって正気を失わせ、操ったのか……」
「くくく、そのとおり。洗脳できるわけじゃねえから、誘導がちょいと骨だったけどな。それに、バッファロータウロスが消えた場所にバカでけえスライムがいたのもビビったぜ」
そして、真っ黒な瞳をリーフへ向ける。
「俺様は慎重だからな。魔物使いもまとめて無力化する機会を狙ってたってわけよ」
「……ま、魔物使い?」
リーフが痺れて動かない首を傾げようとした、そのとき。
「砂粒みたいのが飛んでくるなあと思ったら、ノミだったのかあ。小さすぎて味もわかんないな」
「いいっ!? スライムがしゃべったぁぁぁあああ!?」
ノミカユインの叫びが、草原の果てまで響き渡った。




