第132話 「この寿司を握ったのは誰だあっ!」
「あ、キッポン大明神様だ!」
「小茄子がよく漬かったんで味見していってくだせえ」
「ありがたや、ありがたや……」
キッポンが街を歩くと、道行く人々が代わる代わる群がってくる。
子どもは笑いながら体当たりをしてぼよんぼよんと遊び、棒手振りは売り物を分けてくれるし、老人はぺたぺたと触ってから膝を擦ったりしている。どうも病を癒すご利益があるとすっかり信じられているらしい。
「すっかりキッポン様々だね」
「表向きは龍神の陪神ということで宣伝しましたからね……」
そんなキッポンの後をいくリーフとキュティ。
キッポンズが屍鬼病の治療に奔走した際、混乱を押さえるために朝廷からそんな名目を得ていたのだ。(帝の承認を得ているのだが、ミコトにその記憶はない。呆けている間に右から左に頷いていたらしい)
おかげでキッポンは無病息災を司る神という扱いになっており、どこへ行っても人気者となっていた。
「見ろ、トモエよ。余はまったく目立っていないぞ」
「ミコト様が目立っていないわけではなく、キッポン殿が目立ちすぎているだけかと存じますが……」
「うはははは、結局は同じことではないか」
びくびくと人目を気にするトモエを笑うミコト。
トモエはそろそろ「いっぺん引っ叩いてやろうかこのガキ……」などと思い始めているが、さすがにそんなことをすれば一族諸共切腹である。懐中から生薬を練った丸薬を取り出し、奥歯でがりりと噛み砕いた。爽やかな香りが少し気分を鎮めてくれる。
「お寺や神社みたいな建物も多いんだねえ」
などと、キッポンがのんびりつぶやくのも恨めしい。
昼まではまだ時間がある。
そんなわけで、やることは観光と食べ歩きだ。
参道に並ぶ屋台から串や駄菓子を買い食いしつつ、あちこちを見て回る。
僧侶や神主が慌てて歓迎しようとするのだが、大概は身支度を整える前に帰ってしまっているので空振りばかりだ。そのため、一般人とはちょっと反応が異なり、宗教関係者には神出鬼没の奇神として畏れられている。
俗な者は絵師や彫刻師に頼んでキッポンをモデルにした本尊を作ろうとしているのだが、形にしてみればただの緑の半球体である。ありがたみが薄く、しかも本物があっちこっちでふらふらしているものだから、庶民からの受けはイマイチだった。
ごーん、と時の鐘が鳴る。
「お、そろそろお昼だね。そこのお寿司屋さんに入ってみよっか」
キッポンが指さしたのはこじんまりとした一軒の寿司屋。
年季の入った藍染ののれんをくぐった、そのときだった。
「この寿司を握ったのは誰だあっ!」
男の怒鳴り声が響き渡った。
白髪交じりの壮年の男が、カウンターに身を乗り出していた。
「ぼ、僕ですが……。っていうか、目の前で握ってましたけど……」
気弱そうな少年が、恐る恐る手を上げる。
「口答えをするな、馬鹿者めっ! こんなものが寿司とは、名店と謳われた鳳凰寿司も落ちぶれたものだな。帰るぞ、ナカガワ」
「は、はい! 先生!」
「おっと、言い忘れたがな。こんな寿司で大フソウ寿司職人コンクールなどに出ようなどとは考えるなよ? オサカの、いや、大フソウの寿司の恥になるわ」
壮年の男がお供を連れて店を出ていく。
なお、キッポンは横幅的に入口を塞いでしまっていたので、にゅるっと変形して通り道を開けていた。
「なんだったんだろうね、いまのおじさん?」
「さあ。無銭飲食狙いのごろつきでしょうか?」
リーフとキュティが首を傾げるその横で、
(これは……さては料理対決のフラグに違いない!!)
キッポンは新たなイベントの予感に存在しない目を輝かせていた。




