第133話 寿司屋で寄生虫の考察はやめてほしい
「すみません、お客さん。なんか騒がせちゃって……ってキッポン大明神様!?」
「いいっていいって。とりあえず適当に握ってよ」
客が近頃人気の生き神様であることに気づいた少年職人が目を丸くするが、キッポンは意にも介さず座席に着く。1トンボディでカウンター席に座ったら、椅子も壊れるしスペースも占拠するしで大変なことになるので、しゅっといい感じに細長くなっているが。椅子に座った部分はしっかり人間をかたどっている。
「適当に……。えっと、とりあえずコハダからでいいですかね?」
少年が鮮やかな手つきを見せると、小魚の開きがのった握り寿司が瞬く間に出来上がる。
「もぐもぐ……ふむ、いい腕だ」
「わーい! オスシ美味しい! 酢締めだったら川魚でもいけるかなあ」
エルフ村でも寿司が食べられないかというリーフのつぶやきに、
「酢では寄生虫が死ぬとは限らないからね。川魚の生食は気をつけた方がいいよ」
「へえ、そういうものなんだ」
キッポンが前世で読んだ寿司漫画の知識を披露し、それにリーフが素直に感心する。
「お客さん、よくご存知で。川魚の寿司や刺身はよほど気をつけないと危ないですね」
そんないい加減な知識だが、どうやらこの世界でも通用するらしい。
さすがは生き神様、只者ではないぞ……と少年職人の中でキッポンの株が上がる。
「生魚などなかなか食わせてもらえぬからな。寿司というのは美味いものじゃの」
「あっ、これはミコト様がお腹が弱いからで。やんごとない身分だから毒見役がいて、少しでも食あたりの危険があるものは食べられないとかそういうことではないですからね」
生き神様と一緒に来た客も只者ではないらしい。
やたら仕立てのよい着物のぼっちゃんと、そのお付きの女武士。
キッポン大明神に帰依したどこぞの大名家の息子とか、旗本の放蕩息子とかそういうのだろうか。まあ、そういう遊び人は珍しくはない。
「寄生虫の知識も豊富……? キッポン殿自身が中毒になることなどありえないと思うのですが……異界の寄生虫はそれほど危険? あるいは、眷属の飼育のために蓄えた知識の可能性も……」
寿司ネタをめくってじろじろ観察しながらつぶやいているのは大陸風の着物をまとった女。寿司屋で寄生虫の考察はやめてほしいし、せっかく握った寿司を分解するのもやめてほしい。
「こんな美味しいのに、さっきのおじさんは何が不満だったんだろうね?」
「コンクールがどうとか言ってたねえ。じつに気になるねえ」
五つ六つと握った頃合いで、エルフの娘がそんなことをつぶやいて、生き神様がずずいとカウンターに身を乗り出した。わざわざ客に話すようなことではないが、向こうから振られて黙っているのも不自然だろう。
「どうも僕の寿司が気に入らないみたいで……。新しいネタを試すとああやって文句をつけに来るんですよ」
「へえ、どんなネタを握ったの?」
「よかったら味見していただけますか? あ、お代は要らないので」
少年の手が軽やかに躍り、新たな寿司が生み出される。
寿司下駄にのって出てきたのは……
「なに……これ?」
「へい、活きジャコゴブリンの軍艦です」
「ジャコ……ゴブリン……?」
説明しよう!
ジャコゴブリンとは海棲のゴブリンの亜種で、成魚でも10センチほど。初夏に産卵し、いまの季節では2~3センチほどの稚魚が豊富に穫れる。網にかかると他の魚に見境なく噛みつくため、漁師からは嫌われている。猿のミイラに魚の下半身を無理やりつなげたような姿で、「ギィィギィイ」とガラスを鉄筆でこすったような鳴き声を上げるのだ!
当然、食用にはされていない。
「これ……食べれるの?」
軍艦巻きの上でギィィギィイと鳴きながらもがくジャコゴブリンを、リーフは頬を引くつかせながら見つめていた。




