第130話 「そんなものが屍鬼の呪いを振り撒いたというのか……?」
「桃の木? いいよー。あっちに最近剪定したのがあるから、好きなだけ持っていって」
「れ、霊木がこんな簡単に手に入ってよいのか……」
事情を聞いたイムギが桃の木の回収をあっさりと了承し、その軽さに帝が頭を抱えている。もちろん喜ばしいことであるはずなのだが、事前に固めていた悲壮な覚悟は何だったのか、龍神とは何なのか、そもそも建国神話は……などなど複雑な思いが脳裏を去来しまくって情緒がまとまらないのである。
「りゅ、龍神の住まう世界……。自由に歩いてよいものなのか……」
「い、いきなりがぶりとやられたりはしねえだろうな……」
トモエとデップの反応も似たようなもので、立ち尽くしたまま一歩も動けない。
そうこうしている間にキッポンが桃の木の回収を終え、
「じゃ、帰ろっか」
「「「えっ、もう!?」」」
滞在時間にして十分あまり。
キッポンは一行を触手で絡め取ると、あっという間にもと来た道を引き返した。
§
「いやー、帰りのことを考えてなかったけど、ワープゾーンがあって助かったよ。あの大扉を開けるのがフラグになってたのかな?」
一行は、トモエの領地である漁村まで取って返していた。
医療知識はグリーンジャックの方が上と見て、素人があれやこれやと考えるよりも話が早いと思ったからだ。
「ほう、香によって抗体の生成を促すとはな。異世界の医学、じつに興味深い! 医者は何のためにいるんだっ!」
「で、病原体を持ってそうな生き物だけど、黄泉平坂で捕まえたのを消化せずに持ってきたよ」
「地下空間から地上に伝染したことを考えると飛行生物が怪しい! コウモリ……だが今は違う! 今の我々に必要なのはこれだ!」
グリーンジャックの触手が一匹の昆虫を取り上げた。
「そ、そんなものが屍鬼の呪いを振り撒いたというのか……?」
見開かれた帝の瞳に映ったもの。
それは、セミであった。
大きさこそ大人の手のひらほどもあり異様であったが、とても人間を害する魔物には見えない。
「数百年ごとに流行が起きる理由……桃の木が抗体を持つ理由……それらを複合するとこれしか考えられんっ!」
「な、なぜなのだ!?」
「素数ゼミ、と呼ばれるセミがいる。これは13年ないし17年に一度羽化をするものだが、このセミはさらに長い周期を持つのだろう。地下で何百年も桃の樹液を吸い、成長したのだとしたら、この大きさも頷ける。そして、羽化のタイミングで屍鬼病が流行したというわけだ!」
ギュッと精悍な顔で仮説を述べるグリーンジャックの迫力に、帝はもう黙って頷くしかなかった。よくわからないが、理屈は合っているような気がしなくもない。
「でもそれだとさ、帝の血って関係なくない?」
と素朴な疑問を発したのはリーフである。
それに対しグリーンジャックは精悍な顔つきのまま、
「ない! そもそも後天的に獲得した抗体は遺伝しないものだっ!」
「え?」
場の空気が凍りつく。
言うまでもなく、帝室の正当性を根幹から揺るがす発言であったからだ。
だが、キッポンやグリーンジャックがそんな空気を気にするはずもない。
呆ける帝を尻目にキッポンが1トンサイズに分裂。
手分けをして猛スピードで作業を進め、龍帝国中の屍鬼病患者を治療し、同時に予防用ワクチンの生産と接種体制まで整えてしまった。この間、わずかに1週間足らずであった。
「た、民が救われたのだから、余に不満などあろうはずも、な、なかろうて……」
ようやく正気を取り戻した帝の第一声は、すっかり震えていたという。




