第127話 「なーんだ。じゃあ昔から普通の人間だったんだ」
「それで、いままでゾンビ病を治してたか教えてくれる?」
「ゾンビ……屍鬼のことか。皇室の秘事であるが、ここに至ってそのようなことを申しても致し方があるまい。屍鬼の祓い会とは――」
トモエのとりなしで冷静さを取り戻した帝。
緑の化け物――キッポンというエルフの守り神らしい――の問いに答えて祓い会の詳細を教える。
本来は歌舞音曲を伴う荘厳な儀式であるが、それは本質ではない。屍鬼を祓うのはこれだと、床の間にあった桐の長持から一本の古木を取り出した。
「ずいぶん古いけど、桃の木かな?」というリーフの言葉に、
「うむ」と帝が頷く。
「我らが祖先の地、桃源郷から採取したと伝わる霊木だ。これに余の血を垂らし、焚く。その香煙が屍鬼を祓う力を持つのだ」
「へー、ワクチンなら注射だと思ってたけど、煙を吸うだけで効くなんてさすがは異世界だなあ」
「ワクチン……? 異世界……?」
「薬のことです。キッポン殿はこことは違う世界から来たのですよ」
キッポンの言葉に引っかかる帝を、キュティが慌ててフォローした。
「なるほど、異邦の神であったか」
ならば現人神たる我の前でもまるで畏れを見せないわけだ、と帝はひとり納得する。
実際はキッポンが礼儀知らずなだけなのだが。
「で、なんで効かなくなっちゃったの?」
「それは――」
あまりにも直截なキッポンの言葉に、帝は思わず息を詰まらせるが、いまさら取り繕っても仕方がないと思い直す。
「それは、余の血が薄くなったせいだと思う。我が帝室は龍神と桃の木の精の血を受け継いできたが、いかんせん代を重ねすぎたのだろう。神性は喪われ、ほとんど人になったのであろうな」
「おお! 龍神と精霊のハーフ! ねえねえ、角とか尻尾とかあるの?」
「そ、それは初代にしかないが……」
「なーんだ。じゃあ昔から普通の人間だったんだ」
「キッポン殿!」
トモエが叫ぶ。
今の言葉は大フソウを根幹から揺るがす暴言だ。
龍神の血を引く者にが治めるからこそ、「龍帝国」などと大仰な国号を称しているのである。
「えー、ドラゴンって言ってもそこまで大層なものじゃなかったけどなあ。ロマンはあるけど」
「キッポンは平気でぶん殴ってたもんね……」
「リーフだって毒を盛ったじゃん」
「あたしはやれって言われただけだもん」
「お、お主らは何を言っているのだ……?」
キッポンとリーフのやり取りに、トモエは目を丸くして仰天している。まさかこの者たちは伝説の龍と出会ったどころか、あまつさえ戦ったことがあるとでも言うのだろうか。
「よいよい。ただの人間と言われてむしろ肩の荷が降りた気分じゃ。本物の神から見れば、現人神など取るに足らぬものなのであろうよ」
「陛下……」
だが、帝は怒るどころか穏やかな微笑を浮かべていた。
龍の末裔、現人神、生まれつき国を負って立つ者……この世に生を受けてから仰ぎ見られることしかなく、この国難の重圧に押しつぶされかけていた帝にとって、より上位にある本物の神の言葉は赦しにさえ感じられたのだ。
「っていうかさ、血のことはわかんないけど、木の方もたぶんダメっぽいけど?」
リーフが霊木を日にかざしながら言った。
国宝たる霊木を勝手に掴んでじろじろ観察するなど問答無用で切り捨てられても文句を言えない所業なのだが、今はそれよりリーフが発した言葉の方に注意が向いた。
「霊木が駄目とはどういうことだ?」
「木って、伐採されたあとも生きてるものなんだけど、これはさすがに古くなりすぎちゃってる。精霊力がなんにも残ってないよ」
「なんと……?」
「で、では新たに霊木を手に入れられれば屍鬼を祓えるかもしれないのか!?」
「さすがにそこまではわからないけど……」
詰め寄らんばかりのトモエに、リーフはたじたじになった。
そこに「まあまあ」とキッポンの触手が伸びる。
「薬の効き目なんて試してみるまでわかんないんだからさ。とりあえず、新しい木を取りに行ってみようよ。どこに生えてんのかな?」
「う、うむ。霊木は桃源郷と云う地に生えていると伝わっておる……」
「桃源郷!」
帝の言葉に新たな冒険の匂いを感じ取ったキッポンは、存在しない瞳をキラキラと輝かせた。




