第126話 (この国の終わりを告げに来た悪鬼なのか?)
ニジョー城天守。
常ならば将軍が御座すそこには御簾がかけられ、その奥では憂い顔の少年が深い溜息をついていた。
幼名をミコト、そして現在は名を持たず、陛下や今上などと呼ばれるその少年は大フソウ龍帝国の頂点に立つ帝その人である。
「陛下、祓い会の時間でございます」
(祓い会、か……)
御簾越しに聞こえた近習の声。
祓い会になど、何の意味があるのだろう。
儀式は見せかけのパフォーマンスに過ぎず、その本質は祓い会にかこつけて配られる、帝の血を用いた霊薬にある。
そして、今回の屍鬼禍ではその霊薬が効いていない。
祓い会など何度繰り返しても無駄なのだ。
「民心を慰撫するためでございます。どうか」
帝の心のうちを見透かしたように、近習が言葉を重ねる。
近習にしたところで、帝の血から屍鬼を祓う力が失われていることはとうに察しているのだろう。にも関わらず祓い会を望むのは、言葉通りに民心のためなのか、あるいは典礼書に盲目に従っているだけなのか。
(致し方なし、か……)
無駄と知りつつも、帝は重い腰を上げた。
屍鬼によってこの国が滅びるのはもはや避けられまい。
ならば、せめて民の心を慰めようではないか。
希望を抱えた死と、絶望に染まった死。
きっと前者の方がマシであろう。
そんな諦念に開き直ったときだった。
「ひいいいっ!? ば、化け物だっ!!」
「陛下をお守りしろっ!!」
「変異体なのか!? 体内に何匹も屍鬼を飼っておる!」
階下が騒然とした。
階段を駆け上がる足音。
「失礼仕るっ! 陛下、お逃げくだ……もごぉ!?」
天守に飛び込んだ近衛の武士が、背後から押し寄せた緑の半透明に飲み込まれた。
「なっ、何奴だっ! ……もごぉ!?」
近習が脇差を抜いて打ちかかるが、こちらもまた半透明に囚われた。
「ぷるぷる。おれ、キッポン。わるいスライムじゃないよ……って言う暇もないんだもんなあ。参っちゃうよ」
「せめて体内の人たちはいない方がよかったんじゃない?」
「病人を放っておくわけにもいかないしなあ」
半透明に人面が浮き出て、その中から笹のような長い耳の少女が現れる。
一体何者なのか、何の話をしているのか。
あるいは、
(いよいよ、この国の終わりを告げに来た悪鬼なのか?)
帝は覚悟を決める。
居住まいを正し、御簾の向こうを真っ直ぐ見つめる。
この国の帝は武の象徴ではない。
敵わぬと知れた相手に斬りかかる。
そんな武勇を示す存在ではない。
されど、怯懦は見せぬ。
無様は許されぬ。
魂。
折れぬ魂を継ぐ者がこの国の帝なのだ。
「あ、カーテンの向こうに誰かいるね。ぷるぷる。おれ、キッポン。わるいスライムじゃないよ」
「だからそれが怖いんだって……」
「キ、キッポン殿、ここは抑えて……」
女が増えた。
雅な響きの大陸共通語。
高い教育を受けた者だろうか?
大陸の国家がたびたびこの神州に食指を伸ばしてきた歴史が脳裏をよぎる。
「そこにおわすは、今上陛下でございますか!?」
また女が増える。
日焼けした肌、西国の訛り。
この国の者がなぜこの化け物と?
「オレは……私は西国はハテノ郡の領主、クスノキ家が長女トモエと申しまする。故あって斯様な無礼を仕りましたが、この大フソウを救うためのこと。何卒ご容赦くださりませッ!」
武家の作法で床に座し、両拳をついて頭を下げる。
殿上人とはとても思えぬ粗野な所作だが、かえって飾り気のない誠心を示しているように思えた。
「其の方は……其の方たちは、味方なのか?」
帝は、今日初めて口を開いた。




