第125話 石橋は砕いて渡れ
――百鬼夜行さながらであった、と云う。
半透明の緑の巨体が、長い身体を街道に沿ってうねらせていた。
体内には無数の屍鬼。
それが虚ろな瞳で、時折身体をびくりと震わせている。
何十、何百、何千と。
街道をふらつき歩く屍鬼を見つけるとにゅるりと触手を伸ばし、これを取り込む。
屍鬼騒動で山から降りてきたのであろう魔物が立ちふさがれば、これも取って喰らう。
牛ほどもある土蜘蛛も、小山の如き牛鬼も、見上げんばかりの見越し入道も、おかまいなしに飲み込んでいく。
緑が行き過ぎた先に、動くものは何もない。
ぺんぺん草の一本も残さず、それが通るよりもむしろ綺麗になったまである街道が残るのみ……。
「なんまんだぶなんまんだぶなんまんだぶ……」
その百鬼夜行は、屍鬼に怯え隠れていた人々に目撃され、各地に恐怖の伝説を残したと云う。
§
「あれが都? 歴史の風格を感じるねえ。でも、さすがに荒れてるなあ」
村を出てから一昼夜。
キッポンたちは都を見下ろす山の頂にたどり着いていた。
都は碁盤の目のように整備され、白漆喰で塗られた木造建築がいくつも並んでいる。平時であれば美しい街並みであったのだろうが、いまはゾンビパンデミックの渦中である。そこかしこから黒煙が立ち上り、焼け落ちた廃墟が所々で無惨な姿を晒していた。
「た、たった一日で都に着いちまうなんて……」
驚愕の声を漏らしているのは、キッポンの首――キッポンに首などないが、大蛇に例えた場合――に載ったトモエだ。
村から都までは、通常の旅程であればひと月ほどを擁する。
だが、キッポンにそんな常識などもちろん通用しない。
制震しつつ、過度な重力加速度も与えないよう調整された高速移動モードはどんな悪路でも早馬並みの速度をキープし、かつ乗員には新幹線のぞみばりの快適さを約束する夢の次世代交通手段であった。道中には海峡も地峡もあったのだが、そんなものもおかまいなしである。
「なんかぴしっとし過ぎてて、あたしはあんまり好みじゃないかな。あの真ん中のでっかいお城に王様が住んでるのかな?」
「いや、それは将軍の在所だ。帝のお住まいはその先の庭園に囲まれた屋敷になる。……が、この騒ぎだ。将軍とともにニジョー城に移られておるかもしれないな」
リーフの疑問に、我に返ったトモエが応じる。
始めのうちこそなぜ突然連れ去られたのかとパニックになっていたが、キッポンから道中の道案内を頼まれてようやく意図を理解した。問答無用で連れて行かずに先に説明しろよと心の底から思ったが、怖いので文句は飲み込んだ。
「城や宮殿の周りはさすがに防備が固そうですね。このまま近づくと警戒されてしまうかもしれません」
双眼鏡を手につぶやくのはキュティ。
かもしれない、ではなく100%警戒されるのだが、キッポンの手前若干口を濁している。
「トモエがいれば大丈夫じゃねえのか? 一応、貴族の娘なんだろ?」
デップの言葉に、トモエが頭を横に振る。
「一応は余計だ。だが、都の貴族や武家から見ればそうかもな。殿上も許されていない身だ。オレが来たからって簡単に信用してもらえるとは限らんぞ」
「人間ってめんどくさいね。緊急事態なんだから、とりあえず押しかけちゃえばいいんじゃないの?」
エルフ村で生まれ育ったリーフには、人間の階層社会が未だにぴんと来ていない。エルフ村にも長幼の序はあるが、絶対的なものではなく、納得がいかなければ平気で文句を口にする文化なのだ。
キュティ、デップ、トモエの人間組は「そんな簡単にいくものじゃないんだって」という顔をしているが、元人間の意見は違ったらしい。
「だよね! 当たって砕けろ! 石橋は砕いて渡れってことわざもあるくらいだし、とりあえず行ってみよう!」
「き、キッポン殿!? しょ、少々お待ちをををををぉぉぉおおおお!?」
山道を猛スピードで駆け下りるキッポンに、キュティの必死の叫びは届いていなかった。
なお「キッポン殿の住む世界は『石橋は砕いて渡れ』などということわざがあるほど力がものを言う世界なのだ」という新たな誤解を生むきっかけともなったのだが、それは別の話である。




