第123話 「私、失敗しないので」
いつまでも立ち話はなんである。
村の集会所でキッポンの話を聞くことになった。
キッポンは建物に入りきらず、窓からにゅるっと触手を伸ばしている格好だが。
「――つまり、屍鬼は呪いではなく疫病であって、その原因はウイルスという目にも見えない微小な生き物だと言うことですか?」
キッポンの要領を得ない説明を、キュティが端的にまとめなおした。
(目にも見えない小さな生き物……。そんなものが実在するなら、医療の歴史が変わりますよ……)
この世界に細菌やウイルスの概念はまだ存在しない。
病気とは体内の魔力や精霊力の乱れが原因であり、治療法もその乱れを直すことに主眼が置かれていた。現代日本で言うなら「熱が出たら解熱する」「どこかが痛むなら痛み止めを処方する」といった対症療法が主流で、ワクチンも抗生物質も発想からして存在しなかったのである。
「それが原因だとして、どうやったら治せるんだよ?」
歴史の転換期に立ち会ってしまったことに慄くキュティを尻目に、トモエが即物的な問いかけをする。為政者とは現実主義者なのだ。原因究明などよりも、目の前の危機に対応するのが先である。
(治療法かあ。ウイルスってどうやったら治るんだろ?)
改めて聞かれると、キッポンにもよくわからない。
所詮はラノベや漫画の受け売りでしゃべっていただけなのだ。医療の専門知識など持ち合わせてはいない。
しかし、ここで「わからない」とは言えないのがキッポンである。
「うーん、詳しそうな人なら知ってるんだけどなあ」
苦し紛れではあるが、嘘ではない。
実際に心当たりはあるのだ。
だが、肝心の人物は遥か遠くの地にいるはずで、いま話題にしたところで仕方がない。
「教えてくれ、どこの誰なんだ!?」
そんなことなど知るはずもないトモエが縋るように叫んだ、そのときだった。
「その言葉を待っていた!!」
ばーん!
と集会所の引き戸が開け放たれ、黒いマントを羽織った人物――いや、緑の半球形が現れた。
「なっ、何者だ!?」
トモエの問いかけに、闖入者が答える。
「私の名はグリーンジャック! 医者は何のためにいるんだっ!!」
「ひっ」
半球形の体表に縫合痕がいくつも走った人面が浮き出て、トモエは思わず半歩下がった。
「キッポンズ……いや、グリーンジャック! どうしてここに!」
「医者は何のためにいるんだっ! 病気に苦しむ患者を助けるためだろうっ!」
まさに思い浮かべていた人物がタイミングよく現れたことに、キッポンは素直に驚いていた。
フォレストサイドで治療院の手伝いをするうちに「医の道を極める」と決意した分裂体の一体である。
「なるほど、フラグを探して旅をしながら病人を治して回ってたのかあ」
「人間が生き物の生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね」
盛り上がるキッポンとグリーンジャックを横目に、リーフとキュティがひそひそと小声で話し合う。
「ねえ、なんであれで会話が成立してるの? いや、本当に会話が成立してるの?」
「小生に聞かれましても……。念話のようなものを並行させているのでしょうか……」
念話などなくとも、根本の思考回路が単純な上に一緒なものだから雰囲気で通じ合っているだけなのだが、それはさておき。
「な、なあ、グリーンジャック……殿? あんたなら屍鬼を……この病気を治せるのか?」
恐る恐る尋ねるトモエに、
「私、失敗しないので」
緑の人面がしゅっとしたドヤ顔で頷いた。




