第116話 「幽霊船の噂ごときで我が艦隊が動くものか」
「おー、これが諸島連合の首都の……何ていうんだっけ?」
「サンセントロだ」
30トンほどに肥大した緑の巨体の横で苦々しく答えるのはキアサージである。市民の混乱を収めるために体を張っているのだ。第三艦隊の指揮官自らが護衛もつけずに脇に立てるほど安全……というわけである。
「思ったよりしっかりした港なんだなあ。コンクリみたいなので固まってるじゃん」
港の地面をぺたぺたと触手で叩くキッポンの言葉に、キアサージはぴくりと片眉を動かした。
(コンクリというのが何かは知らんが……。我が国の秘匿技術である水硬性モルタルを探っているのか? それにしては態度があからさますぎるが……)
地球で水中で固まるコンクリート――ポルトランドセメントが一般的になったのは十九世紀になってからのことである。この世界ではまだ発明されていない技術で、よく整備された港でも木杭を打ち込んで石を流し込む工法が主であった。
水中でも硬化するモルタルは諸島連合の明白な技術優位であり、海軍力最強国家の源泉でもあった。その素材や製法は厳重に秘匿されており、秘密を狙う他国の間諜や商会には常に目を光らせている。
「じゃ、どこに行こうかなあ。おいしいお店とか知ってる?」
「どこに行こうか、ではない。取り調べはこれからなのだ。基地まで来てもらうぞ」
「おお、海軍基地!」
ここで渋られたらどうしようかと思っていたのだが、謎のスライムは素直に応じた。気のせいだろうが、むしろはしゃいでいるような気配さえ感じる。
コロッセの宮廷魔導師とエルフの巫女も異論はないようで、雇われ船長と思われるデップは形だけの反抗をしてついてきている。
不審者の取り調べではあり、普通なら基地になど連れて行かず港の詰め所で十分なのだが、今回連行した相手は色々な意味で普通ではない。
キッポンは言うまでもなく、キュティは他国の貴族であるし、エルフは巫女だという。どれほどの規模の氏族で、巫女というのがどういった身分なのかもわからがないが、わざわざ王命で宮廷魔導師が同行するほどなのだ。軽い立場ではあるまい。
「さて、尋問はここで行わせてもらおう」
「あれ、建物の中には入れてくれないの?」
「…………」
しかし、案内したのは海軍基地の中庭である。
相手の格を考えるなら形だけでも応接室に通すべきなのだが、体重30トンの化け物を収容できる応接室などもちろんない。せめて市民の目から隠すため、中庭に連れてくることになったのだ。
「尋問とおっしゃられますが、そもそも何の嫌疑をかけられているのでしょうか?」
「そうだ、尋問っつっても何が聞きてえのかわからねえんじゃ答えようもねえ。俺は交易が目的だし、この嬢ちゃんたちは物見遊山の旅客だ。天下の諸島連合海軍様に探られる腹なんてこれっぽっちもねえよ」
キュティに続いて、デップが早口でまくしたて、
「ま、幽霊船の疑いはかけられてたらしいけどな。それについちゃ、とっくに晴れたろう?」
と肩を竦める。
「ふん、幽霊船の噂ごときで我が艦隊が動くものか」
「だからよ、だったら何で動いたのかを教えてくれねえかっつってんだ」
キアサージは少し考え込む。
漫然と尋問を続けたところで同じ回答が繰り返されるだけだろう。
ならば、いっそのこと本命をぶつけて反応を見るのも手かもしれない。
「率直に言おう。我々は大フソウ龍帝国の関与を疑っている」
「龍帝国!? 何それ、かっけえ!」
重々しく告げた言葉には、化け物の水素よりも軽い言葉が返ってきた。




