第115話 「実に涙ぐましい愛国精神だ」
諸島連合への航海は戦々恐々たるものだった。
スパロウ号とその僚船――キッポンを第三艦隊が取り囲み、弩砲や魔術士たちが片時も休まず目を光らせている。これらの効果がなかったことは重々承知しているが、そうでもしなければ安心できなかったのだ。
監視のためにスパロウ号に乗り込んだ水兵たちはさらにひどい。キッポンを操る術師と見られるリーフとキュティの監視の任が主なのだが、その傍らにはいつもキッポンの触手がいる。大人しくしているならまだマシなのだが、愚にもつかず、ときに意味不明なことを常にしゃべり散らかし、水兵にまで話しかけてくるのだ。
応答を禁止されているので当然無視をするのだが、すると焼き魚や干しイカなどを目の前でぷらぷら振ってくる。こちらを野良猫か何かとでも勘違いしているのだろうか。
それに飽きると木切れをガリガリ削り出し、冒涜的な何かの像を作ったりする。リーフたちの船室は数多の像で埋め尽くされており、平衡感覚を失って倒れる者が続出した。陸よりも揺れる甲板で過ごすことの多い歴戦の水兵が、である。
監視の水兵は最初は一日三交代制だったが、すぐに四交代、五交代となり、最大で十二交代制にまでなった。しかも一時間以上の連続勤務は禁止する徹底ぶりである。そんな環境下で平気で過ごしているリーフとキュティに向ける視線にも恐れが混じるにようになったのは言うまでもない。
「おっ、島が見えてきた! あれが諸島連合かな?」
そんなわけで、祖国が見えた知らせは普段の航海とは比較にならぬほど感慨深いものであった。声の主が高く伸ばした触手に眼球を備えたキッポンでなければ、嬉しさと安堵で涙をこぼしていたかもしれない。
一方、第三艦隊旗艦の船長室では水兵たちとは異なる次元の懸念が取り沙汰されていた。
「キアサージ少将閣下、私は上陸に反対です。あのような怪物をむざむざ本土に案内するような真似はできません」
「ほう、ではどうする? あの怪物には複合魔術による最大火力でも通じなかったのだぞ?」
「第一と第四は試しておりません! 刃や氷が効かずとも、雷火をもってすれば必ずや痛撃を加えられましょう!」
「そして、こちらにも火がついて諸共玉砕というわけだ。いや、あの怪物なら水に潜って『ちょっと火傷しちゃったよ』で済ませてしまうかもな。我々はその全滅をもって祖国に危機を知らせるわけだ。いやまったく実に涙ぐましい愛国精神だ」
「ぐっ……」
進言した若手士官が悔しげに唇を歪めるのを見て、キアサージは少々嫌味にすぎたかと反省し、葉巻を灰皿に押し付ける。キアサージ自身、あの謎の化け物への不安が拭いきれず、それが言葉に毒を含ませてしまった。
常に冷静な判断を求められる士官にとって蛮勇は慎むべきものだが、勇気と同根でもある。咎めすぎては過剰に冒険を避ける官僚的軍人に育ってしまうかもしれず、それはキアサージの望むところではないし、祖国にとっても益とならない。
「貴官は、いや、この艦隊の一兵卒に至るまで、すべて祖国にとって貴重な宝なのだ。貴官の進言が祖国を思う精神から発せられたことは微塵も疑っていない。しかし、『祖国のためならば自分の命など』という発想は厳に慎むように。貴官が損なわれるということは、それは祖国の血肉が損なわれるのと同じことなのだ」
「はっ……!」
こんな悲喜こもごもを抱えつつ、艦隊が諸島連合の首都に錨を下ろす頃には、将官から末端の水兵に至るまで、皆へとへとに疲れ切っていた。港に集まる人々から寄せられる無事を祝う歓声に応じる元気のある者は一人もいない。
いや、一人だけいた。
代わりにキッポンが巨大な手を作って振ったのだ。
そのせいでまた一騒動があったのだが、キアサージが残る気力を振り絞って場を収めたことで、市民の恐慌を引き起こすことだけはなんとか免れた。




