第114話 「危険はありません」(迫真)
「戦闘止めッ! 戦闘止めッ! 私はそんな命令は下していないぞッ!!」
キッポンが余計なことをするのをやめたおかげで、キアサージ少将の声がようやく海上に響いた。その力強い声に、水兵たちは少しずつ平静を取り戻していく。
「期せずしてこちらから先制攻撃をしてしまう形になってしまったが……謝罪はせんぞ」
「ぷるぷる。俺、キッポン! ぼくはわるいスライムじゃないってわかってくれたらそれでいいよ!」
「だからそれ、やめた方がいいって……」
人面触手モードを解除したキッポンが、船の縁にぽちょんと一抱えくらいの大きさの半球形を形成した状態で言うのを、リーフは呆れたように注意した。なお、全身を乗せないのは重すぎてスパロウ号を壊す恐れがあるからである。
「それで、これは何だ? キッポンという魔物なのか?」
「魔物と言うか……ええっと、エルフ族の守神っていうか、伝統の使い魔っていうか……」
「エルフ族の守神です」
言い淀むリーフの横から、キュティがきっぱりと言い切る。
最近はこのあたりの説明をキュティに任せることが多かったため、リーフの方ではちょっと設定が怪しくなっていた。
「そのエルフが命じない限りは危険はないということでいいんだな?」
「えっと、うん。そうかな、たぶん……」
「危険はありません」
まあ嘘なのだが、キッポンを制御不能などと説明するわけにはいかない。よほどの敵対行動を取らない限り、危険がないことは今しがたの騒動で理解してもらえたはずだ。
……あれだけやられても反撃しなかったのはリーフやキュティにとっても意外だったのだが。
「わからんな。森に住むエルフ族がなぜ守神を連れて海などにいる?」
「えっと、しきたりっていうかなんていうか……」
「リーフ殿は伝統に従い、キッポンの巫女として見聞を広げる旅をしているのです。申し遅れましたが小生はコロッセ王国の宮廷魔導師キューティリオン。王命により、盟友たるエルフ族の旅の供をしております」
七割くらいは本当のことを言いながら、キュティはコロッセの男爵勲章を見せる。これに命令書があれば疑う余地もなくなるのだが、キッポンが何かやらかしたときに国の責任とされるのを避けるため、持たされていない。何かあればキュティが勝手にやったことと言い逃れ出来るようになっているのだ。政治とは時に非情である。
「紋章官! 確認せよ!」
「はっ!」
呼びつけられた水兵がキュティの勲章を確認し、「間違いありません」とお墨付きを与える。軍では敵味方の識別のため紋章の知識が必須だが、海ではその重要性がさらに高い。諸島連合の主要艦には紋章官の定員が割り当てられていた。
「ひとまず嘘は言っていないようだな。だが、不信が晴れたとは到底言い難い。本国まで同行してもらうがよろしいか?」
キュティが男爵号の持ち主と知り、キアサージ少将の視線はもはやデップには向けられもしない。実質的な船主はこちらなのだと思っているのだろう。
困ったように目配せをするキュティに代わり、
「嫌だっつっても無理やり連れて行くんだろう? ま、それが出来るとも思えねえがな。だが、同じ海の男の情けだ。お前のメンツを立ててやるよ。どうせ行きがけだしな。それから、改めて言うが、俺がこの船の船長デップ様だ。忘れんなよ?」
デップはなけなしの誇りをかけた捨て台詞と共に、キアサージの命令を受け入れた。




