第113話 宇宙的恐怖
阿鼻叫喚である。
まずパニックに陥った水兵が弩砲を発射。射撃命令があったものと勘違いした者たちが次々にそれに続く。
銛のような矢が緑の怪物に次々と突き刺さりハリネズミにするが、
「ぷるぷる、ぼくはわるいスライムじゃないよ」
怪物はまるで堪えた様子もなく、ハリネズミになったまま巨大な人面を形成し、にいと不気味な笑みを浮かべる。
「ぶ、物理はダメだ! 魔術部隊! 第二種第三種複合、出力最大、仰角、直射、斉射ァッ!!」
副官の号令。
指揮官であるキアサージ少将が離艦していたため、冷静さを欠いたのかもしれない。弩砲による攻撃が意図せぬ事故であることはわかっていたが、戦端を切ってしまったのならもはや後には退けぬ。
「風よ吹き集まりて風刃を為し――」
「水よ凝り固まりて氷刃を為し――」
「――我らの敵を討てッ!!」
先程の号令は、風魔術と水魔術の合体魔術を指示するものだった。第一種の火炎、第四種の電撃は被害範囲が広くなるため、敵艦に乗り込んだキアサージ少将にまで被害が及ぶ可能性がある。仰角での直線的攻撃を指示したのも同じ理由だ。
四方八方から殺到した風と氷の刃の奔流が巨大な人面を飲み込む。人間が巻き込まれれば挽肉を通り過ぎて一瞬で凍った血煙になるだろう。
「撃ち方、止めッ!」
頃合いと見て攻撃を停止。
杖を構えた魔術兵たちが術式を解き、肩で息をする。中には膝をつく者もいた。強力な魔術の行使には多大な負荷を伴うのだ。
「やったか……?」
立ち込める氷霧を睨み、副官が呟く。
いかに強力な魔物であろうと、氷点下100℃以下に達する風と氷の刃の嵐の中で無事で済むわけがない。これまでの経験でも、この攻撃が直撃して生き延びた魔物など一匹たりとも遭遇したことはなかった。
だが――
氷霧から緑の影が伸びる。
副官の視界が緑で覆われる。
半透明の緑はうねうねと動いて、人面を為し、
「こんにちは。俺、キッポン。ぼくはわるいスライムじゃないよ」
ぷるぷる、と震えた。
「ひィぎゃぁぁぁァぁああアアあああっ!?」
悲鳴。
歴戦の海の男が尻もちをつき、海水ではないものでズボンを濡らした。
勇気ある水兵たちがカトラスを抜き、斬りかかる。
刃は容易く切り込めるが、振り抜けない。
半透明の体内に絡め取られると、じゅおっと泡を立てて溶け失せる。
「だっ、ダメだ! 剣も効かんぞ!?」
「魔術もダメ! 白兵もダメ! どうしろってんだ!?」
「火だ! 火を放て! 燃やしちまえっ!」
「馬鹿か! 自殺してえのか! 艦ごと燃えちまうぞ!!」
混乱はいよいよ頂点に達する。
屈強な海の男たちが狭い船上を逃げ惑い、ぶつかり合い、それがまた混乱と恐慌に拍車をかける。
「こんにちは。俺、キッポン。ぼくはわるいスライムじゃないよ」
「こんにちは。俺、キッポン。ぼくはわるいスライムじゃないよ」
「こんにちは。俺、キッポン。ぼくはわるいスライムじゃないよ」
しかし、真の原因はこちらであろう。
四方八方に伸びた人面付きの触手が、全艦で同じことをしていたのだ。
重力に縛られた人間には想像も及ばない宇宙的恐怖を前にしては、勇壮無比たる諸島連合第三艦隊の精兵たちと言えど、抗いようがなかった。
「キッポーーーン! めっちゃ怖がられてるからっ! 逆効果だからっ!!」
「「「「「えっ、マジで?」」」」」
エルフの少女の叫びによって、やっと悪夢が終わりを告げた。




