第111話 「噂の幽霊船の討伐に動きやがったのか……!?」
「わーれーはー うーみのーこー しーらなーみーのー♪」
二隻の大型船が白波を割って大海原を進んでいる。
一隻はデップの船、スパロウ号だ。三本マストの帆船で、船首には翼を持つ女神像。排水量は300トン、空荷重量200トンクラス。地球の歴史に当てはめるならばキャラック船が相当するだろう。
もう一隻は半透明の緑の巨船。マストは見えず、外観からは推力の源がわからない。何よりも威容なのはその船首である。巨大な人面が埋め込まれ、それが歌とも呪詛ともつかない謎の叫び声を上げているのだ。
無論、後者はキッポンである。
そして歌詞は日本語であるためにこの世界の人間には理解できず、さらにキッポンは音痴であったために歌と認識することも困難であった。なおこれは童謡『われは海の子』で、著作権が消滅しているパブリックドメインであるので読者諸賢にはご安心いただきたい。
「どうしてこうなった……」
頭を抱えているのはデップである。
極めて順調な航海であったはずだ。少なくとも最初の一週間ほどは、キッポンが食料を取り、風魔術に優れたエルフが風を、碩学の魔導師が星を読んだおかげでいつも以上に快適な航海ができた。
だが、キッポンが日に日に大きくなっていって事情が変わった。
一箇所にいれば床が抜けそうになるし、負荷を分散しようと身体を大きく広げると邪魔になる。契約違反になるが、途中で下ろすしかないか。そんな風に考え始めたとき――
「俺、船になるよ!」
「は?」
キッポンは海に飛び込むと、ぐねぐねと変形して(少なくとも形だけは)スパロウ号そっくりの姿になった。最初はマストも再現していたが、「バランスを取るのがめんどくさい」とのことでそのうちに引っ込んだ。推力は海中で触手を動かして確保している。
なおこれは補足であるが、このときのキッポンの体重は20トン程度である。キッポンの比重は海水とほぼ同等で、わざわざ大型船にならずとも浮けるのだが、どうせならカッコいい船になりたいとスパロウ号を真似たのだ。
この船を目撃した他船の水夫たちは、
「な、なんだあの緑の船は……」
「透明だぞ? 向こう側が透けてやがる……」
「一隻は普通に見えるが、緑の影を引き連れた幽霊船にちげえねえ……」
こんな具体に恐怖体験を伝え合い、スパロウ号を追い抜いて猛烈な勢いで噂が広まっていた。
港に停泊する際は変身を解除して誤魔化しているのだが、もしキッポンが船の姿のままだったら猛烈な攻撃を浴びていたことは想像に容易い。
「このまま目的地まで誤魔化せればいいが……」
悪い予感は当たるものである。
デップがつぶやいた、そのときだった。
「せ、船長! 正面からすげえ大船団が来ますぜ!」
マストの見張り台から水夫の呼ぶ声。
デップはマストをするすると登って、見張りの手から望遠鏡をもぎ取った。
そして見えたのは、水平線に並ぶ大型船数十隻の艦影。
そのマストトップには、四色に塗り分けられた紋章旗がはためいていた。
「あの紋章は……諸島連合の艦隊じゃねえか!」
「しょ、諸島連合って、最強の海軍国家じゃねえっすか!? その艦隊がどうしてこんな海域に!?」
デップたちの現在位置はエウロペ大陸のちょうど南。
諸島連合の縄張りは大陸の東南だ。
普通ならこんなところまでは出張らないはずなのだが――
「噂の幽霊船の討伐に動きやがったのか……!?」
デップのこめかみを、冷たい汗がつつっと垂れた。




