第110話 「スラスラの……ピストルっ!!」
「すっ、すみません! なんというかその……様子のおかしいスライムでして……」
「あんたが飼い主か? そりゃ様子がおかしいのは見りゃあわかるが」
キッポンの狼藉に、キュティが慌ててフォローに入る。
「いえ、飼い主ではありませんが……。キッポンはエルフの使い魔でして……」
と振り返るが、リーフの姿が見当たらない。
むくつけき海の男どもがひしめく空間が嫌になり、外に出ていたのだ。
「なんでもいいけどよ、オレの船は客船じゃねえ。船乗りと交易品以外を乗せる隙間なんざイワシの一尾分だってありゃしねえぞ」
「そこはご迷惑はおかけしませんので……」
と、キュティは懐から金貨がぎっしり詰まった革袋を取り出してみせる。もともとコロッセ王国から十分な路銀を渡されているし、叡智の塔ではキッポンが消化しなかった数々のアイテムが結構な金額になったのだ。合わせれば農場付きの邸宅が買える額である。
一行に派手な遊びを好む者がいないから成金めいた振る舞いをしていないだけで、実は結構な金持ちなのだった。
「お、おう。金があるんなら構わねえけどよ……」
男の方も海賊めいた格好こそしているが、商売人である。
交易品以上の利益を生むのであれば乗せるのに否やはない。
しかし、体裁もある。
目先の金に釣られたとあっては海の男の沽券に関わる。
「だが、うちは客船じゃねえからな。お客さん扱いはできねえ。仕事も手伝ってもらうぞ」
という言葉と共に、キッポンたちが乗り込む船が決まった。
§
男の名はデップと言った。
コスタベイの生まれではなく、西方の大陸から渡ってきた船乗りだ。
今はこのエウロペ大陸沿岸の航路を主戦場としている。
大洋を渡ることに比べれば、沿岸の航海は気安いものだ。
侮るつもりはないが、幾日も幾日も陸地が見えない航海とはわけが違う。
デップは船乗りの例に漏れず信心深い方だったが、信じるのは西方大陸に伝わる雄大な神である。エウロペ大陸――故郷のユエスマヤ大陸に比べれば大陸などとは到底呼べないちっぽけな島――に伝わる神など恐るるに足りずと、ウミダマ様も意に介していなかった。
当然、それを喰ったスライムなども大したものではあるまいと高をくくっていたのだが――
「スラスラの……ピストルっ!!」
緑の触手が海に突き刺さる。
そして、巨大なシャクトパスが甲板に釣り上げられた。
シャクトパスとは鮫の頭に蛸の触手を持つ海洋性の魔物で、小舟であれば沈めてしまうこともある危険生物である。触手も含めればゆうに十メートルを超えるそれが、甲板でぴちぴちと飛沫を立てていた。
「これで夕飯用の釣りはオッケー?」
「お、おう。十分だぜ……」
十分どころではない。
デップの船、スパロウ号は百名余の乗組員を擁する大型船だが、これ一匹で二週間分の食料にはなるだろう。しかし、食料が余ることはない。
「キッポンよ、今日明日のメシにゃこれぐらいで十分だ。残りは自由にしていいぞ」
「さんきゅー、料理長! キュティ、これ炙りにしてよ」
「小生の魔術は調理用ではないのですが……」
料理長が必要な分を取ったら、残りはキッポンが平らげてしまうのだ。
最初は保存食にしていたが、もう食料庫が一杯で、毎日新鮮な食材を取ってくれるのだから節約の必要がまったくなかった。
「このうえなく便利だが……」
うまい話には裏があるものだ。
順風満帆の航海が、突然の凪や嵐に襲われるように。
生き馬の目を抜く世界で生きてきたデップには漠たる不安があった。
炙ったタコ足にかじりつくキッポンを見ながら、ふと気がついた。
「あいつ、なんかデカくなってねえか……?」
甲板がぎしりと悲鳴を上げた気がした。




