第107話 ハンニンヲ オシエロォォォオオオ!!
ウミダマ様――それは強大なアンデッドである。
コスタベイの港は湾内にあり常は穏やかだが、新月の晩だけは違う。
岬の周辺から強烈な引き潮が発生し、数々の命を飲み込んできた。
その数多の怨念の結晶がウミダマ様なのだ。
ウミダマ様は新月のたびに海から這い出し、生ける者の命を喰らってきた。
漁民たちは海に生きるための代償と、恐れながらも受け入れていた。
そこに旅の聖女が訪れる。
聖女は手ずから石祠を作り、石像を納めて鎮魂の儀式をおこなった。
これによりウミダマ様の怪異はおさまり、伝説と自然現象としての引き潮のみを残して封印されたのだ。
だが。
――コノウラミ ハラサデオクベキカ……
キッポンの狼藉が、この封印を解いてしまった。
――ユルセン ゼッタイニ ユルセン……
石像はウミダマ様の依代であった。
首が取れるくらいならまあギリ許す。
というか長年の風化で脆くなってたし、何度か首が落ちて人間に直してもらったこともある。幾年月にもわたった封印は、ウミダマ様の怨念をも風化させ、わりと丸くなっていたのだ。
しかし。
――ナンナンジャ! コノカラダハァァァアアアアア!!
数百年ぶりに目覚めてみれば、依代がとんでもない異形に変化している。
なんかこう、言葉に表すことも難しいおぞましさである。
ゆえに。
――ハンニンハ ゼッタイ ブチコロスゥゥゥウウウ!!
依代を動かし、街に向かったのだ。
そんな異形が大怨霊を宿してやってきたものだから、街の人々は、
「ひいいいいっ!? なんか来たぁぁぁあああ!?」
「新種のモンスターか!? 逃げろっ、逃げろぉぉぉおおお!」
「ま、まさかウミダマ様!? あんなおぞましい姿だったとは……」
――チガァァァァアアアアアアウ!!
「「「ひいっ」」」
阿鼻叫喚である。
街を守るべき衛兵も、魔物相手ならば蛮勇を奮う冒険者たちも、その姿を見るなり悲鳴を上げて一目散に逃げていく。
おかげで人的被害が発生していないのは不幸中の幸いか。
否。
「うわーん! うわーん! おかあさーん!」
一人の女児が路上に取り残されていた。
その泣き声の理由は擦りむいた膝か、母からはぐれた不安か、あるいは迫りくる異形の恐怖か。
――ハンニンヲ オシエロォォォオオオ!!
異形の指が、女児の頭に伸びようとした。
そのときである。
「待てぇぇぇええええい!」
緑の触手が女児の身体をさっとさらった。
そして、現れたのは半透明の緑色不定形。
すなわち――
「悪霊めっ! このキッポン様が来たからにはもう思い通りにはさせないぞ!」
「ヒイッ!? すらいむガ シャベッタ!?」
唐突に現れたしゃべる巨大スライム(人面付き)に、ウミダマ様は腰を抜かした。




