第106話 「ウミダマ様の祟りじゃ! 祟りが起こるぞ!」
「よーし、一仕事済んだし、朝飯食べて宿で寝よっか」
「さんせー」
「では魚は冷蔵しておきますね」
釣果を詰めた籠にキュティが氷魔術をかけ、一行は街に戻った。
港町コスタベイは定住人口こそそこそこだが、豊富な水産資源と交易で栄える街で、宿の数も多い。漁師向けに早朝から開いている食堂を兼ねた宿を訪ねると、あっさり部屋が確保できた。(キッポンが何者かという説明に多少手間取ったがもはや手慣れたものである)
「朝から海鮮丼! ……が理想だけど、米がないんだよなあ」
「コメ? 何それ、おいしいの?」
「穀物の一種ですね。南方や東方では盛んに食べられています。って、リーフ殿もドヴェルグ工匠国で食べていましたよ?」
「あー、あの肉団子みたいな揚げ物に入ってたんだ。もちもちして変なお肉だなあって思ってた」
キャッキャとしゃべりながら、宿の主人に調理してもらった新鮮な魚に舌鼓を打つ。港町だけあって生食文化もあり、白身魚を薄切りにして果実酢と植物油で味付けした料理にはリーフもおっかなびっくりフォークを伸ばしていた。
「これがオサシミ? コリコリしておいしい! ぜんぜん生臭くないんだね」
「どちらかって言うとカルパッチョかなあ。醤油につけたらお刺身になるけど」
「ショーユ?」
「豆から作ったソースの一種でね。俺たち『ニッポン人』には欠かせないソウルフードなんよ」
(俺たち!? 俺たちキッポン=ディンと言いましたか!?)
思わずガタッと椅子から立ち上がりそうになったのはキュティである。
(キッポン=ディンとは一柱の神ではなく、何柱も存在するということ? ……いえ、冷静に考えてみればいまさらですか。すでにマザーやキッポンズもいますし……。はっ、まさかこの世界もいつか!?)
キュティの脳内では、無数のキッポンがひしめく地獄絵図が繰り広げられている。そこでは数え切れないほどの邪神像に囲まれた人々が、ポーターの如く目を血走らせてキッポンの名を叫んでいるのだ。
(さ、さすがに考えすぎですよね……と思いたい!)
キュティは半ばやけくそ気味に魚の揚げ物を頬張る。さくっとした衣、ぷりっとした身、じゅわっと脂がにじみ出て、火傷しそうになった舌を慌ててエールで冷やした。こんなときでも美味いものは美味い。
キュティがエールのジョッキをごとりと置いたときだった。
「た、大変じゃあ! ウミダマ様の祟りじゃ! 祟りが起こるぞ!」
宿屋のドアを乱暴に押し開け、眼帯の老人が転がり込んできた。
右足の義足が床の凹凸に引っかかり、転びそうになったので、
「あ、イカ焼き屋台のおじいちゃんじゃん」
キッポンがにゅるんと体を伸ばしてキャッチした。
「むっ、なんじゃ? 誰ぞ蒲団でも敷いてくれたのか? 妙に湿ってる感じがするが……ともかく、すまんのう」
「いいってことよ。それで、一体何があったの?」
老人はやはり視力が弱いらしく、キッポンの正体に気付いていない。
「う、うむ。大事なんじゃ。岬のウミダマ様の神像がな……」
(おっ、さっそく話題になってるのか! めちゃめちゃかっこよく仕上げたからなあ。話題の観光スポットになっちゃったりして)
内心でぐふぐふ笑うキッポンだが、
「言葉にできぬほど恐ろしい姿に変わっておったのじゃ……。祟りじゃ……祟りに違いない……」
(あ、俺のじゃないのか。まだ誰にも気付かれてないのかな? それにしても、神様の祟りとか浪漫あるなあ)
自らの自信作が恐れられているなどとはつゆにも思わないキッポンは、他の岬の話だろうと勝手に思い込んでいる。
もちろんリーフとキュティは「絶対アレだ……」と顔を青くしているわけだが、キッポンがそんなことに当然気がつくはずもなく、
「よし! じゃあ俺たちがその祟りを何とかするよ!」
「「えっ!?」」
キッポンの無責任かつ無自覚なマッチポンプ発言に、リーフとキュティは思わず間抜けな声を洩らしていた。




