第105話 石像の首がぽきりと折れ、ごとりと落ちた
風が凪いでいた。
波がざわめいていた。
夜の岬である。
その突端には古びた石祠。
長年、風雨にさらされ続けたためだろう。
ひどく摩耗し、納められた石像も何をかたどっていたものかさえわからない。
新月の晩である。
雲が厚いのか、夜空は漆黒に塗りつぶされている。
光。
岬の下、黒い波間に揺られる光の点が三つ。
ゆらり、ゆらり。
ひゅっ
光の点がひとつ、唐突に波から飛び出した。
「うおおおおお! フィーーーーッシュ!!」
声の主はキッポンである。
岬の上、祠の裏から釣り竿を垂らしていたのだ。
光の点は魔石で光る浮きで、昼間のうちに釣具屋で仕入れていた。
「いやー、夜釣りって初めてなんだけど、楽しいねえ」
「うーん、獲物が見えないと調子が出ないなあ。弓ならキッポンなんかに負けないのに」
「あっ、小生も引きました! わっ、わっ、どうしたらいいんですか!?」
せっかくだし、夜に海に行くなら釣りをしよう、というわけである。
昼間の老人の思わせぶりな話はとっくに頭からすっ飛んでいた。
キッポンはオカルトは怖がるよりも面白がる方だし、
リーフは只人の話す怪談がピンと来ていないし、
キュティは学問の徒であるので怪力乱神を語らない。何か不思議なことがあっても原理を調べたくなる方である。
だが。
――ガタガタガタガタガタッ
石祠が突然震え、鳴いた。
風もないのに。
「あれ、地震かな?」
とキッポンが石祠を振り返ると、
「えー、何も感じなかったけどなあ」
「バランスの問題で気付かないほどの揺れでも動くのかもしれませんね」
リーフとキュティが石祠をべたべたと触って調べ始めた。
「えっ、何してんの?」
キッポンは色々ズレているとはいえ日本人的な感性の持ち主である。
二人の行動に思わずぎょっとしてしまう。
「何って、調べてるだけよ。古いけど、案外しっかりしてるね」
「揺れが原因ではなく、風が特殊な流れをしているのかもしれません」
あまつさえ、小突いたり揺さぶったりし始めるのをハラハラしながら見ているが、こればっかりは宗教観の違いである。
リーフは自然崇拝のエルフのため偶像崇拝の習慣がないし、キュティは神を強大な存在として認めてはいても信仰の対象とはしていないのだ。
そして、
ばきっ
「「「あっ」」」
石像の首がぽきりと折れ、ごとりと落ちた。
「あちゃー、さすがにこれはまずいよね」
「小生が杖で叩いたのがよくなかったのでしょうか……」
さすがに壊すのはマズイと思ったらしい。
リーフとキュティが「やべっ」という顔をしている。
「はあ、もうしょうがないなあ。可哀想だし、俺が直してみるよ」
キッポンは破断面に粘液を丁寧に塗って石像の首を元の通りに接着した。
しかし、こうやってまじまじと眺めてみると、すっかり風化した表面や、フジツボのたぐいが張り付いた跡などが気になってくる。
「うーん、壊しちゃって申し訳ないし、せっかくだからもっとキレイにしておこうか。来たときよりも美しく、がアウトドアの心得だもんね!」
触手の先端をドリルに変え、石像の表面をガリガリと削り始めた。
「翼があるともっと神様っぽいかなあ。よし、目の数も増やそう。それから多腕にして……」
さらに、その辺の石を接着して拡張まで開始する。
リーフとキュティは「また余計なを……」と思いつつも、この石像に特段の思い入れがあるわけでもない。キッポンの機嫌を損ねてまで止める必要もないだろうと放っておいて釣りに戻った。
そして、空が白み始める頃――
「よし、出来た! 最高にかっこよく仕上がったぞ!」
「「ひっ、邪神!?」」
――原型を留めていないどころではない。もはや何をかたどったのかも定かでない。だが見るだけで不安を催す冒涜的にして禍々しい邪気を滲ませる像が完成していた。




