第104話 「……岬の祠には決して近づくな」
なんやかんやと日々が過ぎ。
工房に依頼していた竜の鱗を使った剣が完成した。使ったと言ってもすべてではなく、ほんの一部を削っただけだが、それでも神々しいばかりの輝きを放つ利剣に仕上がっている。
「さすがはボリング系列の工房ですね。見事な仕上がりです」
とはキュティの弁。
学生時代の伝手を使って、ボリングの親戚が営むドワーフの工房に依頼をしていたのだ。
それを受け取ったキッポンは、
「ポーター君、きみにはこの神魔竜殺剣を授けよう」
「で、でも僕には神威滅殺暗黒剣が……!」
「武器の強さに溺れてはいけないよ。武器に使われるのではなく、武器を使いこなす者でなければ神威……ドラ剣の魔性にまた飲まれてしまうだろう」
「つまり、神威滅殺暗黒剣に見合う男になるまでの修行だと……」
「うむ、そういうことだ。では我らは旅に出るからな。キッポンズをよろしく頼んだよ」
「くっ……わかりました! キッポン様! いつか神威滅殺暗黒剣を賜るにふさわしい男に……英雄になってみせます!」
こんな具合にポーター君に別れを告げて、キッポンたちは叡智の塔をあとにした。ぶっちゃけ日に日にガンギマっていくポーター君が怖かったせいである。いくら鈍感なキッポンでも日々を過ごすうちにうっすら恐怖をおぼえることが増え、適当な理由をつけて別れを告げたのだ。
そして向かった先は、
「いや~、海だねえ。きらめく波! 輝く白浜! 気持ちいいね~」
「うわー、向こう側が見えないじゃん。これが海なんだ。わっ、本当にしょっぱい」
「うう、日差しが厳しいです……」
海である。
叡智の塔から西に半日ほど行くと海があり、これと言った目的地もないのだから観光しようということでやってきたのだ。砂浜は漁師や観光客でそこそこ賑わっており、屋台も点在している。
(そういや俺、浸透圧とか大丈夫なのかな?)
疑問に思ったキッポンは、触手をにゅるっと波打ち際に伸ばす。
(ふうむ、とくに問題なさそうだな。ナメクジみたいにしおしおになったらどうしようと思ってた)
少し解説しておくと、洞窟から出たばかりのキッポンであれば海水は大敵だった。常に粘液を滲み出す生態だったため、浸透圧に耐えられる表皮を持っていなかったのだ。ぬるぬるしていると嫌な顔をされるため粘液を引っ込められるようになったのだが、これが意外なところで役に立っていた。
「あ、イカ焼きだって。あたし、干物じゃないイカって食べたことない!」
屋台の一軒に目をつけたリーフが砂浜を駆けていくのを、キッポンたちも着いていく。
「……いらっしゃい」
イカ焼き屋台の主人は、陰気な老人だった。
薄くなった白髪を長く伸ばし、皺深い顔には無精髭。右目を眼帯で塞ぎ、右足の膝から下が義足になっている。
「おっちゃん、イカ焼き三本頂戴!」
「……岬の祠には決して近づくな」
老人はぶつぶつとつぶやきながらイカ焼きを差し出す。
残された左目も健在ではないのだろうか。
白く濁っており、どこにも焦点を結んでいないように見える。
キッポンに驚いていないことからも、視力がひどく弱っているのは間違いないだろう。
「あっ、プリプリでおいしい。生のイカって焼くとこんな感じなんだ」
「新鮮だからこそだねえ。『お刺身』でも食べたいねえ」
「……恐ろしい祟りがあるんじゃ」
「オサシミ? 何それ?」
「俺の故郷の料理でね、生の魚介をそのまま切って食べるの」
「……恐ろしい、恐ろしい。今年もまたあの季節がやってくる」
「えー、生で食べて大丈夫なの? お腹壊さない?」
「壊すことがあるから、細かく包丁を入れたり冷凍して寄生虫を――」
「少しは聞かんかいガキどもがぁっ!」
「「えっ?」」
イカ焼きに夢中になっていたキッポンとリーフが目を丸くする。キッポンに目はないが。
「え、ええっと、岬に何か謂れのある祠があって、そろそろ、その……呪い的なものが訪れる季節だから気をつけろということでしょうか?」
「そうじゃ! お主はちゃんと聞いておったな。イカ焼きを一本サービスしてやろう」
「あ、ありがとうございます」
キュティがフォローをすると、老人は一転して上機嫌になった。
「……忠告はしたからな。決して岬に近づくでないぞ。とくに今夜、新月の晩にはな……」
屋台をあとにするキッポンたちの背中を、不吉な言葉が追いかける。
キッポンは「ふむ」と深刻な表情の人面を作って、
「じゃ、今夜はその岬に行ってみようか!」
「だよねー」
「ですよね……」
キッポンの行動原理を理解しつつあるリーフとキュティの返事がそろった。




