第102話 『亜神よ、我に隷属せよ!』
「よ、よろしいのですか?」
ケンジーヤは震える声でかろうじて尋ねるが、キッポンはこともなげに頷いた。
「うん、もちろん! 早く見たいなあ。あ、もしかしてケンジーヤって魔法が使えないタイプの賢者キャラ? それならキュティに頼んでもいいけど」
「いっ、いえ! 私がやらせていただきます!」
亜神を従える力――それがあれば、もはや世界を支配する力を手に入れたようなものだ。ケンジーヤにそんな大それた野心はないが、エルフ村を末永く繁栄させる程度のことは容易いだろう。
そして何より、キッポンの暴走という不確定だが致命的なリスクを封じ込めるのは大きい。
ケンジーヤは覚悟を決め、深呼吸をひとつ。
亜神の杖を掲げ、精神と魔力を集中させる。
『光の神々よ……闇の神々よ……太古に死したる偉大な者どもの遺志よ……汝らの宿怨を束ね、深仇を縛る鎖と為さん! 亜神よ、我に隷属せよ!』
亜神の杖から灰色の波動が放射される。
脳髄に針を刺したような痛みが走り、リーフとキュティが苦痛に顔を歪ませる。
だが、目を閉じたりはしない。
キッポンがどうなるのか、その一挙手一投足を見逃すまいと目を見開いていた。
不可視の鎖がキッポンに伸びる。
蛇のようにうねり、その身を絡め取ろうとする。
キッポンはその身をぷるんと震わせて――
「うーん、何にも起きないなあ。もしかして不良品? ま、大昔のものだから仕方がないかあ」
鎖はキッポンの身体をすり抜けてふっと消えた。
それと同時に灰色の波動の放射も止まる。
全魔力を使い果たしたケンジーヤは力尽きてソファに崩れ落ち、ぜえはあと荒い息をついた。
「ふふっ、ダメでしたか……。これは私が一人で企んだことで、責任も私一人のものです。どうか、どうかこの件の責めは私だけに……」
「ケンジーヤ……!?」
ケンジーヤはテーブルに這いつくばるようにして、キッポンに向けて言葉を絞り出す。
亜神を支配しようなどという不遜の責めは、すべて自分が負うと言っているのだ。
想像もしていなかったケンジーヤの言葉に、リーフは言葉を失う。
「いやー、別にケンジーヤだけのせいじゃないでしょ。みんなでやったことだしさ」
「……っ!?」
が、キッポンから放たれた言葉は無情であった。
どこまで責任を負わせるつもりなのか。
ここにいる者たちだけで済むのか。
あるいはエルフ村もろともに滅ぼされてしまうのだろうか。
「そんなに落ち込むなってば。俺はお宝がこんなものでも、十分楽しかったしさ。気にすることなんてないって」
「そ、それでは何のお咎めもないと……?」
「当たり前じゃん!」
ケンジーヤがいつの間にか取り落としていた亜神の杖が、触手の先でくるくると弄ばれている。
極めて強力な魔道具であったことは確かだ。
だが、キッポンにとっては所詮玩具に過ぎず、先程試させたことすら暇つぶしだったということか。
「……か、寛大なお言葉、ありがとうございます……うっ……」
「ケンジーヤーーーー!!」
それだけ言い残して、ケンジーヤは真っ白に燃え尽きた。
なお、今あった出来事を一応補足しておくと。
キッポンは魔力を感じ取れないから亜神の杖が何をしたかわからなかったし、そもそも亜神ではないから効かなかった。ケンジーヤの言葉も無駄足を踏ませたことへの詫びとしか思っていなかったのである。
とはいえ、そんなことは誰も知らないわけで。
(神代の遺産すら通じない……いや、それどころか意にも介さないなんて……。キッポン=ディン、一体あなたは何者なのでしょうか……)
とくにキュティは、キッポンへの畏れをますます深いものとするのだった。




