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アクアマリンからタクシーに乗って十五分で、船の待つ場所にたどり着いた。
「佳代さん、船は酔えへん?」
港で隣を歩く杏奈ちゃんは、私の年齢を鑑みて体調を気遣ってくれているのだろう。それに、さりげなく私の歩幅にまで合わせてくれている。
「大丈夫や」
意外だと言うと怒られるかもしれないが、きめ細かな彼女の配慮に嬉しくなる。杏奈ちゃんと私ではいろんなことのペースが違う。けれどそれをわかっていながら嫌がらず、なんの押しつけもなく、彼女は優しい。
「ほな、いこっか!」
二人で心くんの采配通りに小さな船に乗り、日本のエーゲ海と呼ばれる穏やかな瀬戸内の海を進む。青天の下、船旅は短く、わずか十分程度で黒島に到着だ。
島に到着して、小島三つを弓なりにつなぐ砂の道の前に立った。
「ふわー……すご……」
あれやこれやとお喋りが止まらなかった杏奈ちゃんが、その光景を前にふっと止まる。
秋の高い空の色と、瀬戸内海のアクアマリン色の海。
そこにぽっかりと浮かぶ鮮やかな緑色の島と、その島めがけて曲がってつながる砂の道とのコントラストが、まるで絵はがきの中のようだ。
海に浮かぶ道は神秘的だ。
だが砂の道は思ったよりも狭く、人が三人並べば、もう海へ落ちてしまいそうである。
杏奈ちゃんと一緒に砂の道を進むと、ゆるい潮風が吹いて心地よい。
島と島のちょうど真ん中まで進んで、杏奈ちゃんがぱっと両手を広げて空を見上げる。
「すごっ! うち、海の中に立ってるで!」
くるんと振り返った杏奈ちゃんが光を宿した目で笑う。私も頷く。
「せやな、こんなに海の真ん中に立つこと、まあないな!」
二人で興奮しながら、あらゆる角度で写真を撮り、最後には二人で自撮りをした。撮影したツーショットを見ながら、杏奈ちゃんはにやにやしている。
「おばあちゃんが、流行りなんやろ? これも流行るんか?」
「金髪ばあちゃんと、ヴィーナスロードとかエモすぎ」
「エモい?」
「心がぎゅーんって動くってことや!」
ニシシと歯を見せて笑う杏奈ちゃんがスマホを閉じて、さっさと歩き出す。
「佳代さん、三つ目の島まで行くやろ? 急がな時間ないで!」
船の迎えの時間が決まっているので、砂の道と島を歩いて、端っこまで行くのはなかなかハードな行程だと思った。
「杏奈ちゃん、悪いけど一人で行ってくれるか?」
「え、しんどい?」
彼女は察しがいい。
「さすがに時間制限あるなかで、私は端までいかれへんわ。でも端がどんなんやったかは知りたいから、行って、見てきてくれるか」
「でも、置いて行くのは……」
少し眉を下げて、しょんぼりしてしまう彼女が愛らしい。
「ええんや。私と杏奈ちゃんは歩く速度も、生きる速度も違うんやから」
やわらかい潮風の中で、彼女を好きだなと思う気持ちが穏やかに育つ。
「でもな、なんでも一緒にするだけが友だちやない。お互いに見たものや考えたことをこうやった、ああやったって、後で言い合うのも楽しいやろ?」
自分でそう言ってから気づく。
もしかしたらはーちゃんも私に、こう言いたかったのかもしれない。
杏奈ちゃんのふわりとカールした黒髪が、瀬戸内の風になびいて揺れる。
「わかった。心くんの謎解きの答え合わせ、後でしような!」
彼女は歩きにくい砂の道をしゃきしゃきと歩き、背中がどんどん遠ざかる。
彼女が歩いていく様は若くて、綺麗だ。
私は彼女の背中を微笑みながら見送り、やわらかくあたたかい風を受けながら、海の上に立って、心くんの謎解きを考える。
同じ船で来た他の観光客たちも、杏奈ちゃんと同じように端を目指していってしまった。私は来た砂の道と、行く砂の道の真ん中で立ち止まって、深く呼吸をする。
潮の香りが鼻を満たし、風と、さざ波の音が混じる。
どこまでも一人きりの海の上だと感じた。
「私は……ひとりやな」
はーちゃんから電話をもらったあと、痛感した。
私はどこまでいってもひとりだ。
たぶんそれはもうずっと変わらない。けれど、曲がりながら伸びる砂の道の上にいると、私は前へ行きたくなった。
杏奈ちゃんのように、もう遠くへはいけない。
けれど遅くても、私の足は一歩、一歩、まだ歩ける。
私は空の青と、海の青の真ん中をひとり歩く。
たぶん、はーちゃんとはもう一緒に歩けない。
そう思うと、つと、頬を涙が伝ってしまう。
でも私は歩いて、歩いて、次の島へたどり着いた。
空を見上げると、飛行機雲が一筋、空色を切り裂いていく。
「あれもまた、道やなぁ……」
普段は見えないけれど、条件が揃うと現れるヴィーナスロード。飛行機雲も、ある条件のときにだけ現れる雲の道だ。
「綺麗やわ……海の道も、空の道も」
また一筋、頬を伝う涙の道ができる。
「いろんな道があるんやって……そう、言いたいんちゃうか、心くん」
ぐいと袖で涙を拭いて、二つ目の謎を解いた。
本当ははーちゃんと海の上を歩きたかった。
けれどもう無理なら、まだ歩ける私が歩こう。きっとそれも、道になる。私はスマホでたくさん青い写真を撮った。飛行機雲もたくさん。
彼女が出かけられなくなっても、会いに来てくれなくなっても、拗ねなくていい。この写真を持って、私がはーちゃんに会いに行けばいいのだから。
「お互いに考えたことを、ああやったこうやったって言い合うのが友だちやからな」
ドタキャンで、まるで友だちを失ったかのように感じてしまった。
けれど、私たちはゆっくりと、ただ変わっていくだけだ。
会うための条件が、道が現れる条件が、変わっただけ。
私は私の速度で、時間に間に合うように、来た道を戻り始める。
砂の道をザクザクと踏みしめながら前を向くと、瀬戸内の風が私の金髪の前髪を持ち上げる。
私はふわりと微笑みながら、砂の道を歩き切った。




