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フラペチーノの写真を瑞葉さんに送り、カードに大福シールを貼った。
『ミッションクリア~! 次は、おかやまフルーツフラペチーノのカップを持ちながらここへ行ってね。着いたら写真を撮って送って!』
瑞葉さんのメッセージと一緒に、次の位置情報が送られてくる。
次の場所は、僕と自転車の事故現場だ。
そうくるのはわかっていた。僕は瀬戸さんのカフェからの帰りに事故に遭った。
「カップを持ちながら、か」
妙に細かい指示に従いながら、進み始める。
葡萄とマスカットと桃がみっちり載ったフラペチーノが、溶け切る前に飲みながら道を歩く。
違和感だ。
僕は基本的に飲み歩きをしない。しかもこんなに具材が載っていては歩きながら食べにくい。
「あ、飲みながら……ではなく、持ちながら?」
瑞葉の指示メッセージを読み返して、正確に反芻する。この書き方には作為がある。飲みながら、である必要はなかったのかもしれない。
「カップだけ持っていればいい。つまり、カップが重要ってことか」
まだ半分ほどフラペチーノが入っているカップを見つめる。このカップにどんな意味があるというのだろう。
考えながら事故現場へと足を進める。
また違和感だ。
カフェは一日に三軒回れば十分だ。アクアマリンの近くにある自宅へ帰るならば、まっすぐに駐車場へ向かうはずである。だが、あの日の僕は駐車場を通り過ぎている。
駐車場をとっくに通り越したところの歩道が、事故現場なのだ。
「ここが事故現場」
何の変哲もない歩道にたどり着く。人通りはそれほど多くないが、自転車がたまにスピードにのって走り去って行く、普通の歩道だ。
フラペチーノのカップを持ちながら、紙袋の中に「中」が欠けたミステリー本を持って、ここで事故にあったらしい。
今の僕は、あの日の僕と同じだ。ここからどうなった。
自転車とぶつかった衝撃で、持っていた紙袋は車道へ落ちた。車に轢かれた紙袋の中身はぐちゃぐちゃだったので、処分したと親から聞いている。あのとき、持っていたカップも車に轢かれたのかもしれない。
事故現場の写真を瑞葉さんに送る。
『ミッションクリア、お疲れ様。次が最後の到着点だよ。着いたら写真を撮って送ってね! 絶対にカップ捨てないでね~!』
「次?」
ミッションクリアの大福シールをカードに貼って、首を傾げる。
あの日の再現をするのが目的ならば、あの日の僕はここから救急車で病院へ行ったはずだ。どうして、次があるのか。
訝しみながら、送られてきた位置情報の場所を目指す。
「ここが、最後?」
事故現場から歩いて十五分でたどり着いたのは、旭川沿いにある小さな神社、森崎稲荷神社だ。
小さな鳥居と社がぽつんとあるだけのローカルな場所で、観光客は来ない。けれど、岡山ローカル巡りをする僕は、ここが地元でだけ有名な縁結び神社だと知っている。
神社の鳥居の前で写真を撮って、瑞葉さんに送る。
するとすぐに、今度は七瀬さんから電話がかかってきた。
カップを持つ手と反対の手でスマホを耳に当てる。
「心くん、お疲れ様でした。スタンプラリーはゴールです。では、今までの情報を加味して、最後の謎を解いてから帰ってきてください」
「謎?」
「なぜ私が『あなたにその場所を紹介したか』です」
僕がアクアマリンのココロの謎解きで、最後に渡す謎と全く同じだ。
「あの日、事故に遭ってたどり着けなかったけれど、僕が本当はここを目指していたと、七瀬さんは言いたいんですよね」
「あなたは機会があれば、神頼みをする性質だと言っていましたからね」
七瀬さんと行ったカフェで、そう言ったのを覚えている。彼は少し間を空けてから言った。
「これは受け売りなのですが、『ココロの謎解き』の正解は、自分で決めていいらしいですよ?」
自分の言葉がこんなにまっすぐ返ってくることがあるだろうか。
ある場所まで導き、最後は自らが決めることだと自由を与える。それが、アクアマリンのココロの謎解きのやり方だ。
「では、がんばってください。謎が解けたら、その先に行ってみるのをおすすめします」
きっちりと、ココロの謎解きまで再現されて驚く僕を置きざりに、七瀬さんの電話が切れた。
「ヒントはそれだけですか……七瀬さんはスパルタですよ」
僕ならもう少しヒントを残すのに、なんて考えても仕方ない。
七瀬仕様だ。
厳しいに決まっている。
「でも、七瀬さんの謎解きだからきっと」
情報の不足はないはずだ。僕はフラペチーノの果物たちを食べながら考えた。噛むたびに甘くてジューシーな果汁が出て、僕の脳を働かせてくれる気がする。
まずは本だ。
「中」の抜けた二冊で、僕がやろうとしたことは大体わかる。
もし、その企てが成功していたとしたら、縁結びの神社に行きたくなったことも心情的に矛盾がない。
僕は何か新しいことが始まる前にお参りしたい方だ。アクアマリンの開業時にも参った。
次は、七瀬さんが僕に持たせ続けた「カップ」だ。
フラペチーノのカップを、昼時の太陽にかざすように持ち上げた。晴れの国は今日も青天だ。
「カップ……」
瀬戸さんと今まで交わした会話の中から、カップの話題がなかったか思い出す。
そういえば、客足が全くない日のカフェ店内で、瀬戸さんがフラペチーノのカップにメッセージを書いてくれたことがあった。
「忙しいと書けないんですけど、たまにこれを書くのが楽しみなんですよね」
カップには、にこにこマークと「Have a good day!」と軽快な文字が並んだ。僕はそのカップに見覚えがあった。
「あ、ドラマとかで見たことがあります。連絡先を伝えて、ナンパをしたりするんですよね」
「実際そういう話、カフェで働く友だちから聞いたことあるんですよ。そういうの、憧れちゃいます。いつかやってみたいです」
照れたように笑った彼女の表情を、鮮明に思い出した。
太陽にかざしたカップの向こうに、青空が透けて見える。
「あの日、このカップに、彼女の連絡先が書かれていたとしたら」
そんなの嬉しすぎて、立ち止まって見入ってしまうだろう。
そうして浮かれていたら、自転車が来るのを見ていなくて、ぶつかられてしまったのではないだろうか。それなら歩道の真ん中に突っ立っていた理由もわかる。
「しかしこんな、自分勝手な謎解き……アリか?」
あの日のことはさっぱり思い出せない。
確証も、証拠も何もない。
僕が持つ手がかりは、自分の記憶と、自分の習慣と、このココロだけ。
僕の推理は全部、そうであったらいいなという願望の答えばかりだ。
かざしたカップに向けて呟く。
「七瀬さん、次の台詞はもしかして『答えを正解にするように、がんばるのもいいかもしれません』ですか」
これも、僕が七瀬さんに言った。
七瀬さんのココロの謎解きの再現が完璧すぎる。
「もし、彼女から連絡先をもらって、待ち合わせをしていたとしたら」
彼女との会話を頭の中で検索し直す。
彼女の好きな本、互いの趣味、好きなカフェ。
あの日、神社に参ったあと、彼女と会いたかった場所。きっと僕なら、あそこに誘う。
『山の上の絶景カフェ、行きました?』
小さな社に賽銭を入れて手を合わせ、彼女の声がまた聞きたいと願った。
何も書かれていないフラペチーノのカップを道沿いのゴミ箱へ捨てて、僕は歩き始めた。




